鹿島美術研究 年報第28号
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― 37 ―⑬ ニコラ・プッサンにおける「素描」と「彩色」の問題―色彩論争と「モードの理論」を手掛りに―(『鹿島美術研究』年報第24号別冊、2007年、333−344頁)。これら2つの主題の検討から、ラ・トゥールが描く貧民の主題は、カトリック改革の精神に基づいた慈善の思想と深く関わることが明白となった。《蚤を取る女》にも同様の思想的背景があることを検証し、ラ・トゥールの制作の動機、あるいは作品の用途、機能にまで考察を発展させることが本研究の目的である。ラ・トゥール作品全般に関して、先行研究はさまざまな魅力ある解釈を提示している。しかし、実証的史料の欠如と主題解釈の難解さから、十分に説得力のある見解には到達していないのが実情である。本研究では、先行研究と、貧民の主題を中心とした十余年にわたる自らの研究成果をもとに、ラ・トゥールの貧民の主題を読み解きたい。その過程で、先行研究が触れることのなかった、作品の機能や注文主までも視野に入れ、推察することによって、解釈の妥当性を強固にし、ラ・トゥールの貧民主題をめぐる自らの研究の締めくくりとしたい。研 究 者:慶應義塾大学/桜美林大学/共立女子大学/日本橋学館大学      非常勤講師  望 月 典 子古来、絵画における「線描」と「色」は、制作の上で経る段階─「線」で形を描き、「色」を塗って絵を完成させる─として語られてきたが、ルネサンス以降の美術理論では、「素描(dessin/dessein)」対「彩色(coloris)」、あるいは「線的」対「絵画的」のように、絵画の定義にも関わる対立項として論じられるようになった。「素描」と「彩色」の関係は、美術史の中で絶えず繰り返される議論であり、17世紀フランスの「色彩論争」を再考する意義は失われておらず、特に「色彩派」ではなく、「素描派」の模範とされたプッサンの作品から彩色を考察する点に、本調査研究の独自性がある。「色彩派」の論客R. ド・ピールにとって、目を満足させるために重要なことは、一瞥して分かる「全体性」であり、それは、光と影の結合、色の統一、人物群のコントラストなどによって実現されるとした。他方、プッサンの「モード」も、第一印象としての視覚的効果すなわち全体性と関わり、諸部分の隔たりや量、色彩や光と影の変化の構造を指すとされる。だがこの場合の色彩や明暗法は、ド・ピールとは違って、

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