鹿島美術研究 年報第28号
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― 43 ―⑲ イタリアを展示する―幻のローマ万博(1942)跡地エウルのミュージアム施設―研 究 者:大原美術館 学芸員  サラ・デュルト本研究は、イタリア、ローマ近郊のエウルのミュージアム施設、とりわけローマ文明博物館の成り立ちと展示、その受容の変遷を、史料・実地調査に基づいて明らかにすることを目的としている。エウルに関しては、都市計画や近代建築史の分野では研究が存在するが、同地区に複数存在する博物館施設の成立過程と展示の実態、受容の変遷についてはほとんど検討がなされていない。しかしながら、ローマ文明博物館を含むエウルのミュージアム群は、展示物、およびその展示方法と政治や制度といった社会的な側面との関わりを例証するきわめて貴重な事例となっている。ローマ文明博物館は、ヨーロッパの各地に散在する貴重なオリジナルをレプリカやミニチュア、地図や写真等の複製を用いて一堂に集め、ローマ文明を教育的に展示する手法をとっている。これは、ヴァティカン美術館をはじめとしてローマに数多く存在する、展示物オリジナルの美術・歴史的価値を前面に出して展示するいわゆる「美術史的なミュージアム」とは異なる意図を反映するものである。展示物自体の価値や真正性に依存せず、文脈や見せ方に重きを置いた展示方法からは、「ローマ文明」というテーマと、その展示を要請する文化・社会的背景を垣間見ることができる。展示物のオーセンティシティよりもその文脈を重視するローマ文明博物館の展示の形成過程を明らかにする作業は翻って、イタリアの多くのミュージアムが拠り所とする展示物自体の価値評価を問い直すことにもつながるだろう。本研究ではエウルのミュージアム群における展示を、展示方法や受容のプロセスに着目することで、文化的・社会的機能を担うものとして再考する。その作業にあたっては、国家的な文化政策で自国を演出してきたフランスの事例等を参照しつつ、多角的な検討を行う。本研究の意義は、⑴イタリア美術の影で見過ごされてきたエウルのミュージアム群に新たな側面から光をあてること、そして⑵展示物、展示方法、さらに政治や制度といった社会的な側面が互いを照射するような関係を記述することで、展示という行為の持つ順応性や時代性を浮き彫りにする点にある。

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