鹿島美術研究 年報第28号
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― 57 ―㉞ 幕 末から明治中期の写真実践に見られる写真概念と「写真的なもの」:被写体の女性をめぐる写真の視覚性とメディア性コンセプトを中心に研 究 者:ハイデルベルク大学COE “Asia and Europe in a Global Context”      ポストドクトラル・フェロー            脇 田 美 央幕末期以降明治期の日本において、表象文化を含めた文化的因習といった要因により写真実践のありかたが複雑な展開をみせたことは、「御真影」研究や浮世絵と写真の競合関係などに関する研究でその一部が明らかになっている。その他、幕末・明治初期における絵画と写真メディアの関係性について先行研究があるが、それらはいずれも明治期洋画と写真の関係もしくは写真油絵について論じたものがほとんどであり、写真を中心とした論考はまだ少ない。また、日本初期写真史研究においては当時の写真実践についてその全体像が解明されつつあるが、被写体としての女性に焦点を当てた研究は極めて少ない。本研究では、男性写真師らが主体となって推進・発展させたものとして、男性を基軸として編まれてきた日本初期写真史に対し、新たな側面を提示することを目指す。女性の表象に対象を絞ることにより、従来までジェンダー差を重視せずに大枠で捉えられてきた日本初期写真の実践の様相をより詳細に解き明かす、という意義が認められる。また、写真史と美術史の双方を視野に入れた分野横断的な総合研究を通じて、幕末から明治中期を対象とした写真研究のさらなる深化を目指す。また初期欧米写真史研究分野においては、G. Batchenによるヴァナキュラーフォトグラフィー研究を嚆矢とし、従来の「写真通史」より取り残されてきた、生活習慣の中で土着化・変容した写真実践にも注目が集まっている。さらに、C. Pinneyを中心とした文化民俗学研究者を中心に非西洋文化圏におけるローカルな写真実践の形が注目19世紀写真を対象とした写真論そして写真史研究の傾向は、G. BatchenがBurning with Desire(1997)において指摘したように、当初の様式・作家論に偏重したものから、写真実践の様相やそこに包含されるイデオロギーに焦点をあてた分析に代表される写真実践の在り方の研究へと、次第に移行してきている。ここでは、写真は「常に所与条件により変動する、社会性の色濃い媒体」との認識が共有されているが、19世紀後半の日本においても写真はグローバルなメディアであったと同時に、既存文化の特色を吸収、変容したローカルなメディアでもあったことは知られている。

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