鹿島美術研究 年報第28号
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―1956年の日本巡回展との比較において―― 60 ―㊲ 「人間家族」展(1955年)の冷戦後の復元による再解釈研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程      パリ社会科学高等研究院 芸術・言語研究所(CRAL/EHESS) 特に米国による占領期終了後の同展の日本への巡回は、日本の写真史においても多大な影響を与えた。当時の記録や証言はまだ歴史として充分に整理されていないため、存命の写真家や関係者の話をオーラルヒストリーとして積極的に残しておく必要がある。また、戦後65年を経て、当時用いられた図像の解釈や出来事の位置付けを充分に行える時期にきているといえる。また、「人間家族」展は、冷戦後に復元され、フランスと日本に再巡回した後、1994年からルクセンブルク大公国に常設展示されている。2003年に「冷戦の記憶」として文化遺産登録された同展は、まさに現行の展覧会として、真の「ヒューマニズム」「核問題」といったテーマを私たちに投げかけている。そうした観点からも、1950年代の日本における同展の位相、また影響についても明らかにすることは重要であるだろう。本展覧会の90年代における価値の見直しは、歴史の証言としての写真の重要性、写真家の著作権保護の必要性、また絵画や彫刻と同じく物質的に限界のある写真作品の保護・修復といった観点から行われ、写真史研究においても重要な問題を含んでいる。1955年にMoMAで開催された「人間家族」展は、MoMAのインターナショナル・プログラムによって7年間で38ヶ国を巡回した。先行研究では、同展は冷戦下のアメリカ合衆国による文化的プロパガンダであると見なされてきた。他方、企画者のMoMA写真部門部長であったエドワード・スタイケンは、ヒューマニズムの写真を通して、第二次世界大戦後の世界に人類の愛と平和を示そうとした。この一見善良な意図で企画された同展は、1950年代の世界情勢の下、様々な政治的文脈で受け取られることとなった。土 山 陽 子

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