― 64 ―㊷ J. M. W. ターナーの主題と連想 ―地誌的主題と文学的主題の関わりから―ト、すなわちフランドルの風景画に与えた影響に関しては詳らかにされていない。しかしながら本調査研究で取り上げる、前景に田園風景が広がり、背景に都市景観をもつパノラマ的な風景画は、田園風景への関心の高まりと、地誌的な指標としての都市の景観への関心の高まりを同時に見ることができる点で非常に興味深い作例であると思われる。これらの作品を調査対象とすることで、本研究は16世紀末のアントウェルペンの画家たちの風景表現において、「近代的」風景画の萌芽となる「地誌的」な風景画という観点からこれらの作品を考察することを可能とし、それによってアントウェルペンの画家たちが「ジャンル」としての風景画の成立にいかなる役割を担ったかを明らかにすることを目的としている。また、このような風景画は1575年にアントウェルペンの都市がスペイン軍によって陥落されて以降に登場するにもかかわらず、都市の庇護下にある田園での庶民の平和な暮らしをクローズ・アップして前景に描いている点も注目に値する。作品の制作背景を、同時期に制作され、同様の主題や関心を分け合っている版画作品の銘文、当時の美術理論書に見られる自然観および文学作品に見られる田園生活への憧憬の念と関連付けて探求することで、対象作品の受容や機能など詳らかにし、それらを16世紀後半の時代の流れの中により精緻に位置づけたい。一方でブラウンとホーヘンベルフが1572年に発行した『世界都市地図帳』に掲載された「都市景観図」の構図や地誌的な要素がどのように同時代の風景画に取り入れられていったのかを両者の詳細な比較により辿ることで、地図と風景画が密接に関わりあっていた16世紀から17世紀に至る風景表現の展開のなかに本調査研究を位置づけることを目的とする。研 究 者:日本大学 芸術学部 研究員 出 羽 尚本研究課題の目的は、ターナーが選択した主題がどのような連想を備え、そしてその主題を選択することで作品にどのような意味が付与されたかを明らかにすることにある。さらに、ターナーの個人的な創作の意図のみならず、連想という同時代イギリスの観念が作品にどのように反映されていたのかを分析することで、ターナーの制作を同時代・地域の中でとらえる。(意義と価値)ターナーの作品に描かれた人物と風景を分析し、19世紀イギリス社会
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