鹿島美術研究 年報第29号
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小川は、写真展を積極的に興行し、自身の名を冠した写真展を開催するなど、写真の作品性を全面に押し出した活動も展開している。このような小川の活動については、当時の新聞や雑誌、出版物などの情報により断片的に判明しているだけで、体系だって調査されておらず、全容の解明には至っていない。3.研究の構想本研究では、小川の活動を通して、当時の人々が海外の写真文化についてどのような情報を得ていたか、またそれらがどのような形で展開し、写真制作や写真表現に影響を与えたのかを可能な限り明らかにしたい。研 究 者:パリ第四大学大学院 博士後期課程修了(美術史博士)本研究は、私が博士論文で取り組んだ、ギュスターヴ・モローの版画コレクションに関する研究を発展させる内容のものである。博士論文では、同コレクションに含まれる1200点あまりの版画の同定と傾向の分析に主眼を置いたが、本研究では、モローが所有した未公開の古典版画と直筆ノートに焦点を当てることで、モローと古典版画の需要にかかわる以下のような問題に新たな視点を提示したい。第一に、19世紀後半における古典版画の位置づけと役割が問題となる。この時代の多くの画家は、世紀半ばに勃興したエッチング・リヴァイヴァルによって推進された価値観に同調し、制作者の自由な発想を具現したオリジナル版画、とりわけ同時代のエッチングを好んで収集した。この潮流において、古典版画はその影響力を保持しながらも、19世紀の画家が所有した版画コレクションからは次第に影を潜める。そのことから、モローが少なからぬ古典版画を所有していたことは、同画家の古典美術に対する強い傾倒を裏付けるとともに、古典版画を模倣すべき手本としたルネサンス以来の伝統を踏襲していたことを示唆している。第二に、19世紀の画家による版画研究と、そこで帝国図書館版画室が果たした役割との関連である。モローはマーゾ・フィニグエッラなどによる初期版画に強い関心を持ち、帝国図書館版画室に通ってそれらの作品を実見していた。このことは、当時の― 27 ―  田 中 麻 野④ ギュスターヴ・モローにおける古典版画の需要について─未公開の版画コレクションと直筆ノートを中心に─

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