鹿島美術研究 年報第29号
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また、鶴亭は生涯で名や号を数度変えており、さまざまな落款・印章を残している。すでに成澤勝嗣氏が代表的な落款と印章の組み合わせから作品編年の概要を提示されたが、個々の作品の画風と落款・印章の組み合わせを検討することで、鶴亭の画業の変遷がより明らかになると考えている。また、特定の画題と関連した漢詩を引用した印章を使用したり、大胆な箇所に印章を捺すなど、鶴亭画における印章は重要な問題である。南蘋風の写実性に斬新な形態と鮮やかな色彩を取り入れた著色花鳥画や、墨のにじみや擦れ、筆の勢いを駆使した水墨画が魅力的な鶴亭。本研究を通して、鶴亭の画風がどのような影響を受けて成立し、変遷したかを明らかに出来れば、「南蘋派」の画家という位置づけとは異なる新たな鶴亭像を提示できると考える。それは、鶴亭研究だけでなく、鶴亭の影響を受けた上方の画家たちの研究にも新たな視点をもたらすことになるだろう。北アフリカのローマ美術は、2世紀以降のアフリカ諸都市のローマ帝国属州化に伴って発展する。なかでも厖大な作例が遺されているのは、公共施設及び私邸の室内外の床面を装飾する舗床モザイクである。その図像及び色彩の豊富なレパートリーは、ヘレニズム絵画を基盤としながらも、属州アフリカ(現モロッコ東部、アルジェリア、チュニジア、リビア)の美術として独自の性格をもち、地中海世界のなかで最も自由、かつ独創的に地誌表現を進展させた。とりわけ近年の研究では、次第に地方的主題が顕著となる3世紀から5世紀にかけてのこのジャンルを“ローマン・アフリカ様式”として、その表現形式の本質をめぐる議論がなされているが、未だ定義は判然としない。本研究で研究対象とする舗床モザイク《地中海の都市と島々》は、その“ローマン・アフリカ様式”のもつ図像の複雑性を如実に示す好例といえ、ゆえにその独創性に積極的な評価が与えられるべきである。Ⅰ.聖地図としての本作品─ローマ属州アフリカにおけるウェヌス信仰の受容とその― 41 ―⑱ 地中海世界を描く ─北アフリカにおける古代末期の地誌表現─ハイドラの舗床モザイク《地中海の都市と島々》研究研 究 者:パリ第四大学大学院 博士課程  瀧 本 み わ

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