国宝「華厳宗祖師絵伝」(高山寺蔵)や「福富草紙」(春浦院蔵)のように全巻が刊行されている作品に限られるため、上記のような観点から情報を集積することは、美術史および国文学など近接分野にも寄与するものと思われる。研 究 者:サントリー美術館 学芸員 上 野 友 愛日本中世絵画史を総じて論じることは、個別的な作品考証の上になされるべきである。しかし、これまでの中世絵画史において未だ研究が不十分な作品ジャンルは決して少なくない。なかでも、掛幅縁起絵や参詣曼荼羅、お伽草子絵巻といった縁起や物語説話を背景とした作品群は、モチーフの往還や様式の類縁性、思想的背景などの親近性が指摘でき、中世絵画の有機的な状況を物語る素材となり得るものである。本研究は、景観表象という観点から、このような掛幅縁起絵や参詣曼荼羅、お伽草子絵巻などの作品群を再検討し、中世説話世界と作品ジャンルを超えた包括的な絵画の構造化について考察するという構想をもつものである。今回申請するお伽草子絵巻研究は、この一連の研究の一端をなすものである。お伽草子絵巻の画風や制作期、享受のあり方等、作品個々の基礎的研究を行うことは、これまで、美術史的検討が等閑視されてきたお伽草子絵巻研究において有益であるのみならず、中世末における混沌とした絵画制作の様相の一端を解明する一助となることが期待される。さらに、お伽草子絵巻の周辺諸ジャンルの作品、特に従来画趣においてお伽草子絵との類縁性が漠然と語られてきた参詣曼荼羅の様式論を補強する意義をもつ。また、物語内容が多岐にわたるお伽草子の全体を捕捉するのに有効な手段として、国文学では、市古貞次氏による、主人公の階層や物語舞台の差異による六分類(公家物、武家物、宗教物、庶民物、異類物、異国物、異郷小説物)が長らく用いられてきた。これに対し本調査研究では、こうしたお伽草子を、いわば〈清水寺物〉とでもいうべきグルーピングによって改めて構造化するところに新味がある。景観の楽しみとは、単に視覚的に見るだけでなく、観念の飛躍をもって先行する詩歌や物語、絵画などに凝縮された芸術表象を参照する喜び、その引用による視覚像の解釈ともいえる。それは絵画に表された景観の見方だけでなく、その前提となる景観― 46 ―㉒ 日本中世絵画における物語と景観 ─お伽草子絵巻の再検討を中心に─
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