鹿島美術研究 年報第29号
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今こそ客観性を持った検討が可能になるであろう。また、同時代の他の作家による作品との比較や、当時の表現上の流行の中に作品を位置づけることでその美術史上の意義を読み解くことは美術史研究の基本的な手段のひとつであるが、これは従来のピカソ研究に欠けていた視点でもある。上記のような方法と視点によって、改めてピカソとその時代、そして作品を検討することが本研究の構想である。研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程      ウィーン大学 歴史文化学部 美術史研究所    岩 谷 秋 美ウィーンのシュテファン大聖堂は、ドイツ後期ゴシックを代表する建築である。しかしながら15世紀後半の造営最終段階に建設された外陣において、前例の無い段形ホールおよび複雑なネット・ヴォールトが採用された背景や目的など、構想から完成に至るまでの詳細な造営経緯については、いまだ解明されていない。これに対して私は、先行研究に無い新たな切り口として、計画変更を繰返しながら造営が約二世紀にも及んだ結果として、大聖堂には様々な時代の様式や図像が混在している点に着目し、こうした状況こそが、大聖堂完成に際して当時の芸術家が直面した課題であり、その解決策として構想されたのが、上述の特殊な建築形式とその造形であると考えた。従って大聖堂内部に観察される荘厳な空間効果と、それらをもたらす建築様式およびその造形の分析を通じて、施主であるハプスブルク家および芸術家の意図や、それが実現されるまでの造形経緯が明らかになるのではないか。本研究では、主に次の三点に注目する。第一にネット・ヴォールトである。その複雑で特異な造形は、本大聖堂造営史における様式展開と、その結果として生じた諸様式の共存方法に着目することによって説明されよう。すなわちそこには、既存モティーフを巧みに転用しつつ、新しい時代の造形を実現するという、斬新なアイディアを新たに読み解くことができる。第二に段形ホールである。これは本大聖堂以前の作例がほとんど存在しない特殊な形式であるが故に、従来の建築図像の見地からの考察は難しい。しかし大聖堂全体の造形を踏まえたならば、それまでの造営主であった市民の図像を排除し、支配者的な― 51 ―㉗ ウィーン、シュテファン大聖堂の空間と造形─後期ゴシック期における建築空間の生成プロセスを巡って─

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