の南北朝・室町時代の書道史研究が、墨跡に重点を置いていたこともあって、当該期の国家の活動の全容は、必ずしも明らかとはなっていない。近時、高橋秀樹「能書の家」(浅田徹他編『和歌が書かれるとき』和歌をひらく2(岩波書店、2005年))が、古記録等の検討により、能書としての職掌の解明を大きく進展させた。しかし、南北朝時代の尊円親王『入木抄』、室町時代の一条兼良撰とされる『尺素往来』等で、代々家説・家風を遵守したと見えるその書については、いまだ概括的な言及にとどまり、これまで詳しい検討・考察がなされてこなかった。末柄豊「室町文化とその担い手たち(榎原雅治編『一揆の時代』日本の時代史Ⅱ(吉川弘文館、2003年))が指摘するように、南北朝・室町時代においても、平安時代以来のいわゆる王朝文化は大きな位置を占めていたのである。そうした伝統に掉さす世尊寺家も重要な役割を果たしていたことが推察され、同家の書そのものの解明が期待されるところであり、意義あるものと考える。本研究は、上述のような状況を踏まえて、書の造形に着目して、いかなる点がいかに継承されてきたのかを考察し、世尊寺家の書とはどのようなものか、具体的に提示することを目的とするものである。世尊寺家の書の実相の解明を目指す本研究は、単にそれだけではなく、今後の当該期の書道史研究の基盤形成にも寄与するものと思われる。また、対象とする絵巻物・古筆切は、美術史・国文学・歴史学においても近年高い関心が寄せられており、隣接諸学との学際的な研究、その成果の広範な波及も期待される。研 究 者:吹田市立博物館 非常勤学芸員 寺 澤 慎 吾本研究の目的は、実見調査に基づくデータの分析を通して、参詣曼荼羅の工房分類をより一層明確化し、また、類型的図像を他の絵画作例と比較することで、参詣曼荼羅の制作年代、制作工房の実態などを検討することである。これにより、室町時代末期から江戸時代初期にたいへん盛んに制作されたと考えられる参詣曼荼羅と同時代の絵画作品との関係を明らかにし、参詣曼荼羅の美術史における位置づけを確かにしていきたい。参詣曼荼羅は、そこに描かれるモチーフの豊富さによって、風俗、文芸、信仰など― 66 ―㊹ 参詣曼荼羅における工房分類と図像描写に関する調査研究
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