日中の絵画における詩情表現について、ジェイムス・ケイヒル氏は、南宋院体画─明末蘇州派─与謝蕪村という系譜が存在し、一方、池大雅の作品は、蕪村の作品に同調しながらも異なる志向を示すと述べる。ただし、大雅の作品に対する同氏の論及はわずかにとどまるため、本研究では、蕪村・大雅双方の作品を広く考察し、中国画との関係を論じたい。蕪村が達成した詩情表現については、その系譜が主に川合玉堂によって近現代に受け継がれたものと考えている。また米法山水という、文人の墨戯として始まった画法においても、詩情表現の系譜の一面が認められるであろう。詩画の関係については、蘇軾の時代を遙かにさかのぼるギリシャの詩人Simonides(B.C. 556−496)が「画は語らざる詩、詩は言葉の絵」と述べたという。すなわち、絵画における詩情の問題は、洋の東西と時代を超えたテーマとして、詩における絵画性、さらには音楽における詩情や絵画性といった広範な芸術論へと発展してゆく。普遍的な問題を抽象論に陥ることなく論ずるため、本研究では、美術史学・絵画史研究の立場を強く自覚し、具体的な造形表現に即した考察を行う。画史・画論の精査も必要だが、将来の課題とし、今回は先行研究の確認の範囲に留める。具体性をもって詩情表現を論じ、それを文人画の特質に位置づけ得るならば、文人画/南画といった用語の議論においても、「文人画」を用いる意義が高まるのではないだろうか。研 究 者:畠山記念館 学芸課長 水 田 至摩子日本書道史において、書風はいかにして広がりをみせ受け継がれていったのか。本研究が目指すのは日本書道史研究における書風の伝播・継承の問題について、事例に基づいた具体的かつ視覚的な考察を試みることである。ここで扱う歌仙絵の詞書は、従来の歌仙絵研究において内容や書式が副次的に扱われてきたに過ぎないが、本研究では詞書の書風に注目し、新たな視点から検討を加える。特に本研究の意義は書風の分析を通して書風に時代的特徴を見出そうとする点にある。それは近年、伝西行筆古筆群が藤原俊成の書写スタッフグループによって書写されたものであるとする、国文学や書道史の研究の指摘のように、書風にある一定の時期や人といった伝播の範囲を加味しながら捉えていこうとする考え方である。伝良経筆と伝為家筆の古筆群についても同様に検討を加え、書風の流れの全体像を捉えるこ― 71 ―㊾ 歌仙絵の詞書書風の再検討 ─伝良経筆・伝為家筆歌仙絵を中心に─
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