現存する最初の本格的な作品が制作されたのは、1690年代半ば。1716年に没した光琳の画歴は長く見積もって20数年であるが、その間に光琳の画風は劇的に進展する。私生活に関する資料は異例の残存数を誇るものの、制作状況が判明している作品や絵画制作に関する文献は必ずしも多くない光琳研究において、17世紀末から18世紀前半にかけてやはり著しい変化を遂げた流通制度とそこにおける絵画、なかんずく屏風(=道具)の取引の実態解明、あるいは京都から離れた江戸における作品の伝来をめぐる多角的検討は、その絵画制作状況の類推のみならず、画風展開についての理解、ひいては画業の総体的把握の一助になると考える。研 究 者:立命館大学衣笠総合研究機構 ポストドクトラルフェロー本研究は、美的観賞における「無関心性」やモダニズム芸術における「純粋芸術」の称揚ゆえに等閑視されてきた芸術活動と生活倫理(アートワールドから外れた卑近な関心)との協働を改めて掘り起こし、芸術活動のアクチュアルな全容を解き明かす。今日、医療や衛生といった日常の生活倫理の問題は、政治、経済、民族、宗教、ジェンダーなどの格差を超えるグローバルな関心である。本研究は、美術史領域にこのような新しい視野を導入し、学際的かつ国際的な研究を目指す。本研究は「均衡」概念に着目することにより、近現代社会を貫くグローバルな価値観の一端を明らかにする。「均衡equilbrium/équilibre/Gleichgewicht」は17世紀に物理学や心理学で登場した比較的新しい概念である。語尾のlibrium/libre/gewichtが秤や重量を意味していることからもわかるように、力や重さの量化と密接な関わりを持つ。「バランスのとれた性格」「権力や経済関係の均衡」「自然と人間の力の調和(エコロジー的倫理)」など今日常套句となった倫理的要請は、この近代的な定量世界を貫く「均衡」概念から波及している部分も大きい。本研究を進めることは、補色調和の研究に留まらず、「均衡」言説を基礎とする近現代の生命倫理やエコロジー倫理など幅広い領域と問題を共有する。特に近年盛んなエコロジー美学の研究に対しても本研究は一定の貢献ができるだろう。― 75 ― 加 藤 有希子■ 補色調和の美学と倫理 ─西欧モダニストの「均衡」言説と生活様式─
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