鹿島美術研究 年報第30号
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体を描き、その上に衣を着せよと述べていることから、人体表現に強いこだわりと関心を抱いていたことがわかっている。また、寛政10年(1798)に、応挙の弟子である吉村蘭洲(1739−1817)、吉村孝敬(1769−1836)、木下応受(1777−1815)は、医師・小石原俊指導のもと行われた解剖場に立ち会い、解剖図『施薬院解男体図』を制作した。解剖図の立ち合いに円山派が選定されたのは、実物を前にして観察する写生派としての制作態度が評価された結果であるといえる。先行研究では、1984年の佐々木丞平氏による「江戸時代の外科書及び相書と人体表現の関係─円山応挙の人物図研究序説」(『哲学研究』第47号)において、既に応挙の人物描写と当時舶来した外科書や人相学書との関係性について指摘されている。本研究では、さらにその内容を発展させ、円山派の人物像制作と蘭医学との関連についても研究を進めたい。研 究 者:早稲田大学文学学術院 助手      早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  伊 藤   怜目的と意義:中世を通じて、トゥスカーニアのサン・ピエトロ旧司教座聖堂は、広大なトゥスカーニア司教区を管轄しており、聖堂内部には、イタリア・ロマネスク美術における代表作と考えられるモニュメンタルな壁画がある。1971年の地震によって、大部分が剝落した同聖堂アプシス・コンカは、修復困難とみなされ、漆喰で埋め込まれることとなった。一方、壁画断片はローマの中央修復研究所(Istituto Centrale per il Restauro)に保管され、近年、来る修復作業のために、聖堂に隣接した旧司教館へ移管された。そのため、アプシス・コンカに関する考察は、地震以前に撮影されたモノクロ写真と19世紀の水彩画を用いてなされる状況であった。本研究は、壁画断片の実見による調査で、先行研究では見過ごされていた壁画の詳細、修復による改変を確認、分析することを第一の目的とする。中央修復研究所によれば、壁画断片には細かいものもあるが、図像が確認できるものも多く含まれる。地震以前の写真資料は、ローマの中央カタログ資料研究所(Istituto Centrale per il Catalogo e la Documentazione del Ministero per i Beni e le Attività Culturali) に保存されて㊽ イタリア・ロマネスク聖堂装飾研究─トゥスカーニア、サン・ピエトロ旧司教座聖堂をめぐって─

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