鹿島美術研究 年報第30号
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おり、研究者は既に閲覧した。これらのモノクロ写真は、壁画断片の全体像を把握するには適していたが、壁画の加筆部分や描かれたモティーフの詳細を判断するには困難な状態であった。よって、トゥスカーニアにおける壁画断片及び聖堂内に残った壁画の調査は必要不可欠と考えられる。また、イタリア中南部の13聖堂とスイス・フランスの2聖堂に表されたキリストを中心に構成された「昇天」、「パントクラトール」、「トラディティオ・レギス」などの調査によって、トゥスカーニアのアプシス・コンカに描かれた「昇天」をロマネスク美術という枠組みに位置付けるべく分析を試みたい。構想:トゥスカーニアの壁画断片調査では、顔料の剝落、後世の加筆を注意深く観察し、できるだけ描かれた当時の壁画に近づくことが重要となるだろう。そのためには、既に20世紀の修復で加筆されたと判明している聖堂内部の壁面を慎重に観察し、断片と比較することが必要となる。このような調査で壁画断片の図像を明らかにした上で、イタリア、スイス、フランスの作例との比較検討を行う。こうしたトゥスカーニアの壁画を中心とする研究成果は、研究者が執筆準備中である博士論文の一部になる予定である。研 究 者:成城大学大学院 文学研究科 博士課程後期  田 中   伝明治中期より昭和初期にかけて活躍した東洋美術史家・大村西崖(1868〜1927)については、近年の研究の進展により、徐々にその輪郭が明らかになってきているが、その多岐にわたる活動のため、個々の活動の詳細の詳細については、いまだに深く検討されてこなかった。大村の主要な業績のひとつに出版事業があり、多くの美術書籍の刊行に携わっていることが知られているが、本調査研究では、従来注目されることのほとんどなかった『図本叢刊』の刊行事業に着目し、その成立背景を解明すること11世紀から13世紀にかけてロマネスク美術は、政治や商業の中心となった大都市ではなく、その周辺に普及し、地域的独自性を備えていくこととなる。この時期こそ中世美術が真に開花した時期とも言われており、イタリアではロマネスク期以降、地方的特色が豊かになったとみなされている。よって、本研究では、都市の作例に加えて、比較的小規模な聖堂装飾も調査対象とした。㊾ 『図本叢刊』の刊行に関する研究

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