鹿島美術研究 年報第30号
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また、優秀者には、それぞれの部門から、大阪大学総合学術博物館招聘准教授の加藤瑞穂氏およびふくやま美術館学芸員の平泉千枝氏が選ばれました。財団賞の選考理由については、河野元昭委員と私がそれぞれの部門の選考理由を執筆いたしましたので、ここで読み上げる。《日本東洋美術部門》財団賞 谿 季江「大津絵再考─近世絵画史における大津絵の位置づけ─」優秀者 加藤瑞穂「16ミリフィルム〈cine-memo〉に見られる加藤瑞穂氏の「16ミリフィルム〈cine-memo〉に見られる吉原治良の造形的関心」は、戦前戦後を通じて常に前衛的表現を追求して止まなかった画家、吉原治良が遺吉原治良の造形的関心」谿季江氏の「大津絵再考─近世絵画史における大津絵の位置づけ─」は、近世絵画史の観点から大津絵の再評価を試みた意欲的研究である。言うまでもなく大津絵は、江戸時代初期から明治にわたり、大津周辺の宿場町で、街道を往来する旅人のみやげ物として生産された絵画作品である。この大津絵に関する研究は、民芸運動を主導した柳宗悦の大津絵論を中心に展開してきた。したがって、大津絵は民芸の一種と見なされる傾向が強かった。これに対し谿氏は、すぐれた専門画家が大津絵に取材する作品を少なからず遺している事実に着目し、これが近世絵画史における重要な一要素となっていることを実証したのである。まず谿氏は、大津絵に影響を受けて制作された近世画家の作品を分析し、画家の関心を三つに分類する。それは画風や運筆に関する関心、図様に対する関心、ユーモアに対する関心であり、それぞれの代表的作例が紹介される。次いで当時の専門画家が、かくのごとく大津絵に惹かれた理由が考察される。それは大津絵が、土佐派や琳派、あるいは浮世絵などと同じように、一つの流派として認識されていたからである。したがって、他流派の画法をも積極的に学習しようとする画家にとって、きわめて魅力的な対象となったとされる。もう一つの理由は、上方みやげとして大津絵の評判が非常に高かったことに求められる。特に、江戸みやげである浮世絵と対のように考えられていたことは、画家の関心を高める上で、積極的作用を及ぼしたとされる点も興味深く感じられた。以上、谿氏の研究は大津絵のみならず、近世絵画史に新しい地平を拓く論考として、第19回鹿島美術財団賞が授与される結果となった。

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