研究発表者の発表要旨 1.吉原治良の1930年代における写真・映像への関心 発表者:大阪大学総合学術博物館 招聘准教授 加 藤 瑞 穂まず、撮影の内容も概要を把握するに留まっていたのが実状である。この度の助成により初めて、それらの撮影された年代や対象が判明し、また他の媒体への変換が可能となった。本発表ではその調査に基づき、吉原がいかに1930年代に写真・映像といった光学機器によって生まれるイメージに関心を寄せていたか、そしてそれは吉原の絵画制作とどのような関係にあり、いかなる意味を持っていたかについて考察したい。フィルム自体の劣化で映写できなかった5本をのぞき、調査した78本の大半は、1930年代に吉原自身が身近な情景を撮影したものであったが、それとは一線を画する「cine-memo」と題された実験的映像が見つかった。全体で約5分の本映像は5つの短編から成り、それぞれ鶏、燕、魚、船、花火がモティーフとなっている。いずれも吉原の慣れ親しんだ事物ばかりであったが、注目したいのは、クローズアップの多用や光と影のコントラストの強調、あえて焦点をぼかした撮影、幾何学的形態の配置を意識したショット、そしてそれらの間に何らかの物語的な文脈を生まないカット割の工夫によって、モティーフの日常的意味を捨象し、造型性を全面に押し出している点である。こうした映像と絵画との関係を検討するにあたって大きな手がかりとなるのは、当時吉原が映像と同時期に撮影していた写真である。1930年代初頭に吉原は、絵画を構想する際に写真を一つの重要なイメージの源泉と位置づけてきた。それらは、肉眼では捉え難いヴィジョン、すなわちクローズアップやコントラストの強調による非現実戦前戦後を通じて常に前衛的な表現を追究した画家・吉原治良(1905〜1972年)が、1930年代に写真・映像に対して並々ならぬ関心を抱いていたことは、これまでの研究でもすでに指摘されてきた。ただ、実際に吉原が撮影した写真・映像そのものについては、いまだ十分には議論されていない。特に映像は、残されたフィルムが8ミリや16ミリといった現在では一般に映写が困難な記録媒体であったために、経費の問題で長らくその調査が進
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