ファエッロ工房出身の芸術家たちによって引き継がれた。内部装飾は1520年頃から実施されたが、1527年の「ローマ劫掠」を機に建設が中断すると、計画は全体案の一部のみ完了した状態で放棄される結果となった。先行研究では、建築史的観点から多くの考察がなされる一方で、内部装飾に関する詳細な図像学的分析はほとんど行われてこなかった。こうした状況から、発表者はヴィッラ内部の「庭園のロッジャ」の装飾全体に関する研究に取り組んできた。本発表では、ロッジャの左廊と通称される南西側径間ヴォールト中央に表されたストゥッコ浮彫メダイヨン《ネプトゥヌス》を主な考察の対象とし、この図像が意図する寓意的内容の読み取りを試みたい。左廊の《ネプトゥヌス》の表現については、当時サンタ・マリア・イン・アラチェリ聖堂に置かれていた古代石棺浮彫をモデルとしている事実が、すでに先行研究によって指摘されている。これは的確な指摘であるものの、同じくアラチェリの石棺に着想を得てレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた素描《クオス・エゴ》(ウィンザー城王立図書館蔵)に見られるネプトゥヌス像もまた、重要な構想源であると発表者は考える。レオナルドの素描は、ウェルギリウス『アエネーイス』(第1巻135行)に叙述された嵐を鎮める海神を題材とした作品であり、ミヒャエラ・マレクの考察に従えば、15世紀末のフィレンツェ人文主義思想を反映した「善き統治者」の寓意的表象と解釈することができる。こうした寓意内容は16世紀以降も各地で継承されたと考えられ、とりわけレオナルドの素描とヴィッラ・マダマのネプトゥヌス像の造形上の類似に着目すると、両者の密接な関連性が理解されるのである。ヴィッラ・マダマの左廊ヴォールトでは、《ネプトゥヌス》の周囲にウェヌスと戯れるアモルたちを描いた4点の楕円形場面が配されている。この「善き統治者としてのネプトゥヌス像」と「ウェヌスの王国の繁栄」という主題的組み合わせは、教皇レオ10世時代に制作されたタペストリーの図像にも共通するものであり、レオ10世が教皇即位以来掲げた「平和をもたらす者」としての自己イメージと重なり合うことを指摘したい。こうした比較を通じて、ヴィッラ・マダマの左廊では、善き君主の寓意である《ネプトゥヌス》を中心とした平和的統治を暗示する図像が展開していると考えられ、教皇レオ10世の統治とメディチ家の繁栄を称揚する暗喩的表現と解釈することができるのである。
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