「俗」という二項対立的なコンセプトを超えて、この仏画と同時代に作られた他の絵画作品との位相を問い直すものである。特に、玄奘三蔵法会に用いられたと考えられる独尊像の形式を取る「玄奘三蔵像」や、「法相宗秘事絵詞」の別名も持つ藤田美術館蔵の国宝「玄奘三蔵絵巻」を視野に入れ、玄奘三蔵像形成の背景として重要な役割を果たした説話的な存在と宗教儀礼や社会的背景も考慮に入れることで、より包括的な研究としていきたい。玄奘三蔵や深沙神の図像の解析という、このアプローチは、単なる類型の整理に留らず、より広い問題に接続するものである。大陸請来の図像や平安・鎌倉時代に作られた図像集によって知りうるカノンとしての図像と、現存作品に見る(実際に描かれた)像との差、その知的なギャップは、仏画研究の基礎的な問題のひとつ、representationとreproductionに関わる議論を掘り起こすだろう。また、たとえ玄奘像分析に特化するとは言え、十六善神図の表現や様式を精緻に見ていく研究は、南都絵仏師や宮廷絵師の制作活動範囲という中世日本美術史に於ける重要な問題に裨益するところ大であろう。国内および国外所蔵の十六善神図の調査結果に基づくデータや分析、さらに十六善神図との関わりから玄奘像の図像学的な意味を問い直す包括的な研究は美術史のみならず、文学史や宗教史にとっても価値があると考えられる。最終的には、日本語の論文はもちろんであるが、英語圏での出版も考えている。西洋では日本美術と言うと主に装飾的な浮世絵などがすぐに想像され、研究者はボストン美術館に勤めた経験や大学で助手として教えた経験からも、仏画は「難しい」や「地味」などの固定観念のために、 海外に所蔵される多くの貴重な日本の仏画が見逃されている現状を目の当たりにしてきた。こうした状況のなか、本研究で扱う玄奘の物語は『西遊記』としても人々に愛されてきたものである。よって、そこから日本仏画に対する新鮮な興味や好奇心を惹き起こすことができるような論文を書くことも構想に入れている。調査結果に基づくデータの有用性はもとより、本研究の成果として、玄奘の魅力的な話の力を借りながら、日本の仏画の美しさを伝え、さらには、「難しい」から「興味深い」へと変換の道を少しでも開いていくものとなればと考えている。
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