鹿島美術研究 年報第30号
48/124

研 究 者:女子美術大学 非常勤講師      アテネ大学大学院 哲学部考古学・美術史学科 博士課程本研究は、エーゲ世界にドリルが導入された時期とされる中期ミノアII期から後期青銅器時代III期の印章印影上に表される牛モチーフの異なる加工技術の観点による図像学的発展についての再考を目的とする。研究者は現在執筆中の博士論文(2013年5月提出予定)で同時代の印章のライオンの胴を持つ三つのモチーフ、すなわち、ライオン、グリフィンそしてスフィンクスを取り上げ、本研究と同様、図像学的発展についてモチーフの形姿と構成を各材質(硬石、軟石、金属、ガラス)及び地域ごとに調査した。また、現在執筆中の「エーゲ海美術の印章印影における犬モチーフの図像学的発展」(研究論文①)では犬モチーフを取り上げ、同様の研究を行った。これらの図像は、エーゲ海美術史考古学では、神聖さや、権力の象徴、また狩りの場面では捕食者として登場する。すなわち、強者を表すモチーフと言える。本研究で取り上げる牛モチーフは、これまで研究者が目を向けていた、いわゆる強者のモチーフではなく、被食者などの弱者に属するモチーフとして登場する。強者のモチーフに属する動物の顔は、正面及び側面は認められるが、動物の背面(後頭部が見える状態)は認められなかったことに対し、弱者の牛モチーフには背面が存在する。このような視点の相違について研究者は、牛モチーフは強さや神聖さを象徴する強者のモチーフとは異なる、牛モチーフ独自の役割から生じたものと推測する。この他にも強者には認められなかった図像学的特徴が弱者において認められる可能性は極めて高い。したがって、印章印影で最も多く表され、弱者に属する牛モチーフがエーゲ世界においてどのように扱われ、どの様に変化を辿ったのかを調査することは、エーゲ美術史考古学の図像を理解するための重要な位置を占めると考える。本研究は牛モチーフの図像学的発展を目的とするが、調査結果は本研究の中で自己完結するものではなく、その他の研究に大いに発展する性格を有すると考える。印章印影はエーゲ文明の社会や宗教などの情報を豊富に含む媒体であり、情報量が最も多い土器でさえ確認された事のない図像が印章印影には認められ、本研究で扱う牛モチ  小 石 絵 美⑦ ギリシア青銅器時代印章印影の研究 ─牛モチーフの図像学的発展─

元のページ  ../index.html#48

このブックを見る