鹿島美術研究 年報第30号
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研 究 者:熊本県立美術館 学芸課主幹  村 上   哲本研究は、1920年代のエコール・ド・パリの時代に一世を風靡し、国際的な評価を得た藤田嗣治(レオナール=ツグハル・フジタ)に関する、渡仏直後の諸問題や実像、西洋美術との関係等を浮かび上がらせることを主眼とするもので、フジタ研究の深化・発展に寄与することを目途とする。なお2013年は、フジタが1913年に渡仏して百周年を迎える記念の年であり、これを契機としてフジタをめぐる百年前の芸術状況を検証・再考察する意義も深いものと考える。特に千葉県市原市の鴇田家に所有・保管されている、妻・登美子に送られた書簡や葉書、写真等の初期資料は、渡仏直後のフジタを知る第一級資料として、フジタ研究において肝要な位置を占めるものであり、本研究における重要な研究対象となる。1913年から1916年にわたるこの諸資料の検証を通して、渡仏直後のフジタを取りまくパリの芸術環境の諸問題のほか、フジタが抱いていていた造形思考や造形理念などに多面的にアプローチする。また本調査においては、新しい第一次資料や渡仏前の初期作品など、未調査・未確認の資料の発見の可能性も大いに期待できるため、この点についても視野に入れながら調査・研究をすすめる。また、これまで東洋的な視点からのみ語られることの多かったフジタ芸術に関して、西洋美術の視点からの考察を本格的に導入することも、もう一つの重要な指標である。この点については、作例や図版との比較検証やパリでの初期の足跡を通して、フジタがどのような観点から過去の作例を活用し、展開したかを検証するとともに、その導入意図と東洋から渡仏した芸術家としての戦略を探ろうとするものである。特にルーヴル美術館所蔵のギリシャ・ヘレニズム期の彫刻などフジタが研究した古代作品や、デューラーやフュースリなど古典から近代に至るヨーロッパ絵画との関連や同時代の動向など、言及されることの少なかった西洋の作例や図像との比較検証を通して、新しい知見を示す試みでもある。またフジタが活用した西洋の図像伝統や象徴機能、人文主義的な造詣の導入は、1920年代のパリの社交界での交流を通じて、知識・教養豊かな上流階級が重要な顧客となったことと無縁ではなく、注文主との関係の検証も課題である。本研究は、このような多様な観点に基づく検証を通じて、東西の美⑩ レオナール=ツグハル・フジタ再考─初期資料の調査・検証を中心に/渡仏百周年を契機として─

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