鹿島美術研究 年報第30号
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意識や価値観のはざまで自己を形成した、芸術家としてのアイデンティティーの在処を探る試みでもある。なお研究者は、フジタが渡仏して百周年を迎える2013年に「藤田嗣治渡仏百周年記念企画」として「レオナール・フジタとパリ」を企画し、全国展開を実施することとしているが、この記念企画と本研究との連動・連携を通じて、より幅広いフジタ考察と芸術理解へと展開することを企図するものである。また研究者の卒業校である東京藝術大学美術学部の大学美術館には、2011年にフジタの日記や遺品、写真等6,000点に及ぶ膨大な資料が遺族から寄贈され、現在、科学研究費助成事業(日本学術振興会)として3年間にわたる調査・研究が進行中である。東京藝術大学美術館との連携も視野に入れて、シルヴィ・ビュイッソン氏らとの協働のもと、本研究や展覧会企画事業との連動も図りながら、相互に情報交換や情報共有等を通じて研究成果に繋げていきたいと考えている。研 究 者:愛知県美術館 学芸員  森   美 樹本研究は、1888年ブルターニュで制作された《木靴職人》について、作品の構想、空間構成、主題を考察し、ゴーギャンの制作活動における作品の位置づけを明らかにすることを目標としている。ゴーギャンはこの作品を描くために木靴職人の仕事場をデッサンし、その一部をタブローに取り入れたが、最終的には仕事場の空間より木靴職人をクローズアップして描いた。また木靴職人の背景を青や緑の荒い筆致で塗りつぶした形跡も認められる。このような制作中の変更を光学調査やデッサンと現在の画面との詳細な観察により確認することは、ゴーギャンの制作を解明する上で非常に重要である。ゴーギャン研究において、《説教の後の幻影─天使とヤコブの闘い》の完成によって総合主義を確立する以前の1888年1月から8月のブルターニュ滞在期間は、体調不良により制作がはかどらず、また印象派の作風へ回帰したことなどを理由に停滞期とみなされ、他の時期に比べると研究は十分とはいえない。そして構図や主題の上で飛躍を見せた《格闘する少年たち》によってその停滞から脱し、《説教の後の幻影》へ至るという流れで、一般的にこの1888年ブルターニュ滞在前期の制作は説明される。⑪ ポール・ゴーギャン《木靴職人》について

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