鹿島美術研究 年報第30号
54/124

しかし《木靴職人》に見られる輪郭線や俯瞰的な構図、人物の手足を誇張した描写などは、この時期の他の作品にも共通する表現であり、そうした試行が《格闘する少年たち》でより明確な形となって表れ、総合主義の方向へと大きく歩を進めたと考えられる。このように同時期の作品と比較しながら《木靴職人》に見られる表現を考察することは、ブルターニュ滞在前期の作品研究の契機となり、《格闘する少年たち》へ、そして総合主義へと達する過程をこれまで以上に明らかにすることができると思われる。また作品の主題である木靴は、ゴーギャンにとってブルターニュの原始性を象徴する重要なモティーフである。《木靴職人》以前に制作された《室内、カルセル通り》(1881年)においては、オブジェとして壁に飾られた木靴がオリエンタルな陶器とともに描かれ、未知なる土地に対する関心がすでに示されている。同様に木靴や職人といったモティーフにも何らかの意味が込められていると仮定できる。自らを「ペルーの野性人」と呼び、その自己表現として原始的なるものを求めてブルターニュ、マルティニーク島、そしてタヒチに向かうゴーギャンの制作活動において、木靴は彼の探求を直接的に表すモティーフであり、この作品の主題に込められた意味の解明は、ゴーギャン研究に新たな側面をもたらすと考えられる。またゴーギャンだけでなく、ブルターニュにはポン=タヴェン派など同時代の多くの画家たちが集まり共に制作活動を行った。ゴーギャンにとってブルターニュを象徴するモティーフである木靴について考察することは、独自の民族性を保ったこの地に彼らが何を求め、何を見出したのかを探る手がかりともなるだろう。以上のように、本研究は資料や光学調査に基づき《木靴職人》を実証的に解き明かすことを主な目的としているが、同時にこの作品に関わるより幅広い文脈においても意義が認められる。研 究 者:三菱一号館美術館 学芸員  杉 山 菜穂子本調査研究の目的は、トゥールーズ=ロートレックとシェレという、特に世紀末のポスター芸術において最も重要な二人の芸術家におけるジャポニスムについて実証的な資料調査研究のもと、再検証を行うことである。⑫ トゥールーズ=ロートレックとシェレのジャポニスム

元のページ  ../index.html#54

このブックを見る