世紀末パリにおける大衆文化の発展とともに多様化した「広告」のための一媒体であるポスターが芸術の域にまで高められたのは、シェレとロートレックという二人の功績によるものであると言っても過言ではなく、「装飾」と「応用芸術」が中心的な位置を占めた世紀末芸術全体の研究において、この二人のポスターの分析は、決して無視できない重要性を有している。ポスター芸術において今日まで通じる名声を得ながらも生涯に約30点程度しかポスターを残さなかったロートレックと、1000種類以上のポスターを制作し自らの名を冠した工房も設けたシェレについて、これまでの研究では、前者を革新者と位置付ける単純な二項対立のうちに捉えられることが多かった。しかしながら特に二人の芸術家のポスターにおけるジャポニスムというテーマにおいては、現在まで本格的な調査研究がなされてこなかったのが実情である。ロートレックのジャポニスムについては、自身が所有していた日本美術コレクションの解明やジョワイヤン画廊を初め展覧会や売立などで目にした可能性のある日本美術品の詳細な分析が課題として残るものの、これまでも数々の研究者が言及し取り上げてきた。しかし、シェレのジャポニスムについては本格的な研究は未だ存在しないと言える。2010年のシェレ回顧展のために実施されたパリ装飾美術館所蔵のシェレ関係資料の大規模な調査によって、ポスター作家としてだけでない、装飾画家としてのシェレの新たな側面に光が当てられ、その芸術の全貌が初めて明らかになったものの、シェレを含む同時代のポスターにおいて最も重要な要素の一つである日本美術の影響とジャポニスムについては、フランス側の研究者のみによる調査研究の限界から、その詳細を明らかにすることができなかったと考えられる。従って、本助成の期間において、特にこのパリ装飾美術館所蔵のシェレ関係資料のうち、ジャポニスムに関連すると思われる資料調査が実現すれば、シェレ研究においても、また同時にポスター芸術全体の研究においても新たな地平を示す重要な一歩となることは疑いない。さらには、19世紀末パリにおけるポスター芸術の興隆において不可欠な役割を担った二人の芸術家を対象とし分析することによって、フランスのジャポニスム研究の一端を担うことも可能となるのである。
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