鹿島美術研究 年報第30号
79/124

は同時代においては新たな美的価値として見出され、1960年代以降の批評においては作家自身の言説とも相まって、旧来の美学的価値である「趣味」から解放された作品として芸術の文脈に位置づけられた。一方で、デュシャンにとってエロティシズムの問題が重要なテーマであったことも近年の研究ではたびたび指摘されており、この問題は彼のアイデンティティ表象の問題と絡めて議論されつつある(注1)。本研究は、こうした観点からニューヨーク・ダダの文脈においてデュシャンの作品を分析したアメリア・ジョーンズの研究を踏まえ、より広範にわたってニューヨーク・ダダの芸術家たちの作品を考察することで、レディメイドとそれに準ずる作品の意味を再検討し、従来のオブジェの概念について再考を意図するものである(注2)。【ニューヨーク・ダダの芸術家像との関連から】ニューヨーク・ダダの作例について「オブジェ」という視点から言及している先行研究としては、造形的特徴による分類やオブジェの定義を試みるもの(注3)、(注4)(注2)のように男性芸術家と女性芸術家によるオブジェやアッサンブラージュの選択の差異に着目し、その視覚的効果や造形的相違を指摘するものがある。しかしながら、作品中で形成される芸術家のアイデンティティの諸相について、その形成のプロセスと関連づけて考察する際に構造的な相似や相違について十分な議論がなされているとは言い難い。研究者は、「オブジェ」と「肖像」の作例が主要な位置を占めるニューヨーク・ダダにおいて、この視点からの十分な議論なくして作品解釈を導くことは困難であると考えるため、今後の分析においてはオブジェにおけるアイデンティティの構造と芸術家像の表象との相関関係に着目して分析を進める。その過程では先行研究における考察を整理し、論点の補足を行う予定である。【オブジェの理論との関連から】ニューヨーク・ダダにおいて「オブジェ」が理論化されることはなかったが、シュルレアリスムにおける「オブジェ」の理論化には大きな影響を与えているといえる(注5)。こうした影響関係を踏まえて、ニューヨーク・ダダにおける作品の特徴について「オブジェの機能」に着目して考察することを目的とする。以上の考察が、研究者が一貫して取り組んできたマルセル・デュシャン研究およびニューヨーク・ダダにおける芸術家像とアイデンティティ表象の問題について、更なる解釈の視点を与えてくれるものと確信している。また、シュルレアリスムにおける中心的問題のひとつであり、20世紀美術を考えるうえでもきわめて重要な「芸術にお

元のページ  ../index.html#79

このブックを見る