鹿島美術研究 年報第30号
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研 究 者:福岡県立美術館 学芸員  高 山 百 合本研究は、官設美術展を牽引した福岡県出身の洋画家中村研一(明治28年〜昭和42年)の昭和期官展出品作に焦点を当てるものである。中村研一のみならず、官展アカデミズムは近代日本洋画史研究において等閑視されてきたきらいがある。それに加え、中村研一の戦前期の活動は、《コタ・バル》(昭和17年、第1回大東亜戦争美術展、東京国立近代美術館無期限貸与)に代表される「戦争画」制作の最前線に立ったことにのみ注目が集まっている。その一方で、戦争画制作の前段階である昭和初期の作品は、官展においてだけではなく、当時の日本美術の中にあって、その表現においても技術においても非常に優れた作品として評価されていたにもかかわらず、それらの作品の重要性が顧みられることはほとんどなかった。その理由は、ひとつには従来の日本近代美術史研究が、19世紀以降の西洋美術史研究に顕著な、モダニズム偏重傾向の中で成立したものであったからである。しかし、西洋との並行関係の中ではなく、日本近代美術固有の問題として、日本のアカデミズムを捉える必要があろう。そこで、研究者はこれまで一貫して、官展アカデミズムの再評価という問題意識に立ち、とりわけ岡田三郎助の女性像や裸婦像という観点から研究を進めてきた。それゆえ、中村研一の官展出品作を対象とする本研究もまた、その成果を発展的に継承するものである。本研究は、中村研一の官展出品作品である《弟妹集ふ》(昭和5年、第11回帝展、住友クラブ)、《車を停む》(昭和7年、第13回帝展、北九州市立美術館)、《瀬戸内海》(昭和10年、二部会展、京都市美術館)の3作品に着目し、これを中心として、中村研一の戦前の画業を「昭和期官展」という枠組みの中で再検討、再評価することを目的とする。ここに挙げる3作品はいずれも、縦約2m、横約3mという、ほぼ同じ大きさの大画面であり、昭和初期の風俗を活写する「現代風俗画」として官展で高く評価された作品である。さらには、新しい時代を象徴する洋装の女性が描かれていることに加え、ダンスや、ピクニックや海水浴などのような、西洋の文化を十分に摂取した昭和期のモダンな都市生活や余暇の有り様が描かれている。それゆえ、同時代の文化史や風俗史と照らし合わせたうえで、昭和初期の「モダン文化」という観点から考察することができるであろう。さらに、これらの作品における「写真的視覚」の問題㉜ 昭和期官展洋画の研究 ─中村研一を中心に─

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