鹿島美術研究 年報第30号
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研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  敷 田 弘 子生産の機械化がその領域形成の一要因であるデザインにおいて、機械生産の本領である大量生産とデザインがになう造形の関係を問うことは、デザイン史上の重要課題である。本研究は、日本のデザイン界で大量生産を唱えた最初期の人物である木檜恕一の「家具の大量生産論」を取り上げ、その全体像と性格を明らかにするとともに、そこで規定された造形の在り方の背景に、同時代日本の生活改善運動を指摘して、大正期の大量生産論の特質として提示することを目的とする。その造形とは、“合理的”で“簡素”な形である。木檜は大量生産体制についての現地アメリカからの報告で、科学的で経済的なアメリカの家具に足りない日本の長所として精神的方面を挙げている。木檜の述べる造形はこの方面を指すものといえ、“合理的”で“簡素”な形はアメリカからの摂取とは別の要因が考えられる。この点について、合理性や簡素性といった要素は、同じ大正期に、生活自体の近代化を目指して社会的現象となり、また、木檜も関係していた生活改善運動においても、現代的な家具の形として推奨されていた。よって、合理性や簡素性が肯定的に捉えられた経緯と理論を、木檜の大量生産論と生活改善運動とを結びつけ考察することで、それが生活改善運動を背景とする社会的な新しい価値観、美意識の出現と連動したものであったことが明らかになると考える。大量生産と造形をめぐるデザイン活動は現在までも続く行為であるが、その社会的・思想的基盤は変化するものであり、本研究は出発点ともいえる大正期の様相を示すことができるだろう。また、大量生産論の出現や合理性や簡素性といった要素の重視は、一品制作と多数制作、装飾性と非装飾性というように今日的意味での工芸とデザインが分かれ、自立を始めたこの時代の動向を表してもいる。よって本研究は、日本におけるデザイン分野の形成、また、その後の方向性を検討する上でも意味がある。特に、木檜の実務的大量生産論に対して、昭和前期のモダニズム建築・デザインは理念としての大量生産1910〜20年代の大正期に強調された木檜の大量生産論は、アメリカを摂取源とし、技術や組織など実務的内容が主である。しかしながら、論の特色として、経済性や生産性といった実利面と同時に、それを鑑みた上での相応しい造形を述べている点が注目される。㉟ 木檜恕一の家具の大量生産論 ─大正期生活改善運動との関係から─

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