研 究 者:広島市立大学 国際学部 准教授 城 市 真理子室町時代の五山文化の精華ともいうべき詩画軸の研究は、かつては、渡辺一、松下隆章、田中一松、島田修二郎等、錚々たる美術史研究者たちが取り組んできた日本絵画史研究の花形であった。島田修二郎・入矢義高監修『禅林画賛』(毎日新聞社刊、1987年)の刊行により、五山文学や禅宗史の研究者と室町水墨画研究者の共同作業による研究成果が発表され、詩画軸研究は大きな進展をみせたが、五山文学・禅宗・水墨画それぞれの研究のハードルの高さゆえに、その後、これに続くまとまった研究は途絶えていた。また、研究者が研究してきた岳翁という画僧についても、重要文化財も含め優れた作品が多く現存しているにもかかわらず、田中一松氏による論文(昭和23年)以降、特に大きく取り上げた研究がなされてこなかった。研究者が、2012年2月に刊行した『室町水墨画と五山文学』(日本学術振興会の出版助成による)に収録する岳翁研究の論文は、田中一松氏の論文以来、実に、半世紀ぶりの研究成果である。多領域をカバーしなければならないという詩画軸研究上の困難を乗り越えることができたのは、ひとつには、コンピューターによる全文検索がもたらした五山文学や中国文学研究の進展による。そのような1990年代後半以降の人文学の研究ツールの進化によって、再び、過去の詩画軸研究に立ち戻り、詩画軸の制作システムの解明という更に深化した成果を付加することができた。本調査研究は、大学院在籍中から研究者が取り組み、博士論文の刊行によって一定の成果を公開した研究を更に発展させるものである。すでに岳翁研究を足がかりに雪舟の初期作の検討を行っているが、ほかの周文の後継者たちや「伝周文筆」という伝承で数多く現存する周文派の作品群についても同様の検討を行い、周文・周文派を中心とする、15世紀から16世紀初頭の室町水墨画史の全体像を再構築するという試みには、重要な意義があると思われる。なぜなら、もともと室町水墨画研究の最重要の課題は、周文の実像とその作品を同定していくことであったからである。周文は、狩野派に先立って、実質、幕府の御用絵師であったのだがその真筆作は不明であり、1980年代以降では、周文よりも、雪舟や、周文の弟子宗湛の流れを汲む小栗派、初期狩野派、阿弥派、関東水墨画など、周㊴ 周文派の研究 ─岳翁と五山文学を手がかりに─
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