鹿島美術研究 年報第30号
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時代の定型見返絵について」(『佛教藝術』136号、1981年)である。須藤氏は、それまで全体像の把握が困難であった経絵を、「定型」を頂点とする一筋の様式展開の流れとして整理した。しかし須藤氏の考察方法では、「定型」の枠組みを逸脱する作品が除外されることになってしまった。研究者は、多様な表現が認められるこの「脱定型」の作品にこそ、経絵の様式的特徴が端的に示されていると考え、考察の対象として選択した。本調査研究の意義は、「定型」を基準とする経絵研究では除外されてきた、自由な画面構成を特徴とする「脱定型」の作品を一つのグループとして対象化し、「定型」の作品と相対化してとらえることで、経絵様式の多様性を明らかにできる点にある。価値:個別の経絵の紹介が諸先学によって重ねられ、2005年までに経絵の代表作といえる膨大な中尊寺経の全体データが報告され(京都国立博物館『中尊寺経を中心とした平安時代の装飾経に関する総合的研究』1990、1997、2005年)、現在までに経絵研究の素材は充実してきたといえる。それにもかかわらず、須藤氏が経絵の様式展開の図式を提示されて以降、研究者は、その図式に個々の作品をいかに位置づけるかということに問題を限定してしまい、新たな問題を提起する力を失ってしまった感がある。本研究の価値は、経絵に新たな視点から検討を加え、平安時代絵画史の二大区分である仏教絵画と世俗絵画の中間にある経絵の位置づけを明確にすることで、当時の絵画の多様性についての再認識を導きうるという点にある。構想:本調査研究を以下のように構想している。⑴ 作品調査の実施① 香川与田寺所蔵紺紙金字法華経并開結 10巻② 和歌山金剛峯寺所蔵金銀交書一切経(中尊寺経)4296巻のうち4巻⑵ 作品の造形的検討① 画題選択と表現形式の分析② 中尊寺経、絵巻作品(伴大納言絵巻、信貴山縁起絵巻)との比較⑶ 論文執筆、学会発表与田寺本を通して経絵の絵画史的位置づけを行い、成果を学会に問う。

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