鹿島美術研究 年報第30号
97/124

㊹ モダニズム絵画における「オーヴァーレイ効果」に関する研究研 究 者:愛知県美術館 技師・学芸員  副 田 一 穂外の環境の観点から、考察する余地が残されているといえる。本研究ではそれらの作品を中心として、1960年前後に国内で顕著にみられた「反芸術」との時代的な連続性や、同時代にアメリカを中心に起こったプライマリー・ストラクチャー、ミニマル・アートやランド・アートとの影響関係において検証することで、「もの派」に関する新しい視座が提示されうると考えられる。本調査研究の考察対象である「オーヴァーレイ効果」は、複数の形象のそれぞれが、あたかも透明のフィルム上に描かれているかのように、互いに部分的に重なり合いつつ、その重なり合った部分が残りの部分とは異なる色彩やマティエールで描写される表現方法である。この効果は、キュビスムから分岐してピュリスムやピュトー・グループといったポスト・キュビスムの諸派を経由して、ダダやシュルレアリスム、あるいは写真といった幅広い動向、分野において採用されているが、これまでそれぞれの作家の個別研究のなかで稀にその意義が取り上げられることはあっても、複数の前衛運動に属する作家たちを横断的に検証し、その意義が問われることは殆どなかった。1920−30年代を中心に、多種多様な作品のなかに頻繁に見られるこの効果について、無論作家によって用いた媒体も素材も一様ではなく、全ての作例を同列に語ることは不可能ではあるが、それぞれの作例に共通する部分を抽出して概観することには、一定の意義があるだろう。とりわけ、モダニズムにおける平面性や瞬間性、すなわちタブローを前にした鑑賞者が瞬時に全体を視覚的に把握することのできる性質が規範化した、狭義のモダニズムの言説に対して、この「オーヴァーレイ効果」が孕む重層性や継起性のような論点は揺さぶりをかけることになる。クレメント・グリーンバーグは、ジョルジュ・ブラックによる文字の導入に関して「今や表面は、触れることもできるが透明でもある面として、暗黙のうちにではなく明確に示されたのである」と述べ、ロザリンド・クラウスはパブロ・ピカソの新聞紙と、そこに印刷された活字について「コラージュの組成の中でまさに最も物化されていて不透明な…新聞紙の面に、透明性を書き込む」と述べている。このように、キュビスムの分析において「透明性」あるいは「不透明性」という言葉は空間の奥行きの

元のページ  ../index.html#97

このブックを見る