鹿島美術研究 年報第31号
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の独自性も特定したい。さらに、ルイ14世治世下以降フランス革命期まで、フランスの宮廷文化は西洋諸国の宮廷文化のモデルとされフランスの影響力は絶大であったが、この原則が肥前磁器の受容にも該当するのかという点についても確認をし、西洋における肥前磁器の流行にフランス文化がどのような貢献を果たしたのか検討を試みる。研 究 者:国立西洋美術館 任期付研究員  中 田 明日佳先の項目でも述べたように、本研究では、クェンティン・マセイスの《両替商とその妻》を考察対象として取り上げ、作品に込められた意味を読み解くことを目的のひとつとする。本作をいかに解釈するかという問題に関しては、先行研究でも様々に検討がなされてきた。しかし、立場の大きく異なる諸説が提示され、いまだ研究者たちの見解の一致をみていないのが現状である。これを受けて本研究では、改めて作品の諸要素を詳細に分析し、画面に込められた道徳的警鐘、ないしは主張を解き明かすことを目指す。この課題を達成するためには、これまでに指摘されてきた諸要素を改めて精査することに加えて、同時代の肖像表現との比較という観点も新たに取り入れて考察を行うこととしたい。たとえば、おそらく1520年頃に成立した、アントウェルペンの画家ヨース・ファン・クレーフェによる夫婦肖像画(エンスヘーデ、トゥヴェンテ国立美術館蔵)の夫像は貨幣を手にした姿で描かれており、当時、金銭を扱う職業が断罪されるばかりでなかったことを示唆する。これらの肖像表現との比較を導入することで、本作の読み解きはより精密かつ重層的なものとなるであろう。また、本研究では、作品が夫婦像として描かれている点にも着目し、画面に含まれた夫婦のあり方に関する言及を解き明かすことも目指す。従来の研究では、本作が夫婦像である意味はほとんど検討されてこなかった。しかし、店頭の夫のそばで読書する妻の姿が、15-16世紀フランドルの慣例に照らすと、おそらく現実的なものではなかったこと、また、本作の描かれた16世紀初頭が夫婦のあり方についての関心が高まっていた時期であること、さらに、職業等を通して社会的成功を収めた夫と敬虔な妻という当時の夫婦の理想像に照らすと、本作の夫婦がきわめて示唆的な描かれ方をしていることを考慮すると、夫婦のあり方をめぐる言及が作品に含まれている可能性は㊺ クェンティン・マセイス《両替商とその妻》 ─作品解釈と注文主像─

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