鹿島美術研究 年報第31号
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また、優秀者には、それぞれの部門から、名古屋大学大学院文学研究科准教授の伊藤大輔氏および東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程の鈴木伸子氏が選ばれました。(注)財団賞の選考理由については、河野元昭委員と私がそれぞれの部門の選考理由を執筆いたしましたので、ここで読み上げさせていただきます。《日本東洋美術部門》 財団賞 池田芙美「草創期の歌舞伎表現を探る 優秀者 伊藤大輔「東アジア的観点から見た『信貴山縁起絵巻』の研究」池田芙美氏の「草創期の歌舞伎表現を探る」は、いわゆる「大小の舞図」に焦点を合わせ、その発生と展開を明らかにしようと試みた研究である。大小の舞とは男舞とも呼ばれ、若衆歌舞伎の舞台で演じられた舞の一つである。当時人気を集めたものらしく、これを描いた絵画作品が少なからず遺されてきた。そのなかから池田氏は、前期と後期を代表する千葉市美術館所蔵本と板橋区立美術館所蔵本を取り上げて分析を進めた。これまで「大小の舞図」として、一律に扱われてきたが、池田氏は時代による変遷と、意味の変化があった事実を明らかにしたのである。千市美本をはじめとする初期の「大小の舞図」は、阿国の後継者というイメージを踏襲した若衆の姿をとらえたものという仮説が提示され、多くの証拠が集められる。とくに『かぶきのさうし』の詞書や、雨乞い歌との関係は注目されるところである。ところがその後、時間が経つにつれ、意味を失った阿国の持ち物は省略されるようになり、美人図として鑑賞性に重点が移っていったという。それを証するのが板橋区美本にほかならない。「大小の舞図」は寛文美人図の一ジャンルに取り込まれ、美しい若衆の舞姿を描く契機となったのである。大小の舞が白拍子につながる呪術性をもっていたのではないかという推定などは、今後の検証を必要とするかもしれない。しかし池田氏の着想は独創性に富み、しかも多くの実証によって裏打ちされている。特筆されるべきはその方法論であって、美術史と芸能史の研究成果を結びつけて、新しいベクトルを見出そうとする。もちろんこのような方法は、これまでまったく採用されなかったわけではないが、相互の参照に終っていた。両者を有機的に―絵画史研究と芸能史研究の複合的アプローチ―」

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