鹿島美術研究 年報第31号
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2大托鉢修道会、すなわちフランチェスコ会とドメニコ会との伝統的な対立、ライヴァル意識がその根底にあると推測し、例えば、前者はシエナの聖ベルナルディーノの正統性の擁護を、後者は聖トマス・アクィナスの称揚や「聖三位一体」の主張を、ともに絵画化したものであることを論証する。ピントリッキオの《聖ベルナルディーノの栄光》とフィリッピーノの《聖母被昇天》の構成上の類似をはじめ、両礼拝堂の各画面に見出される物語表現の視覚的類縁性は、両修道会のそうした戦略的アプローチの反映であり、そのことは、画家たちにおいて意図的に制作されたものであったことを裏付けているだろう。さらに荒木氏は、ドメニコ会修道士バルトロメオ・ダ・フィレンツェの43項からなる意見書を典拠として、イエスの名のモノグラムの使用、ユダヤ人への洗礼、聖三位一体教義への違犯など、ベルナルディーノへの弾劾に着目する。それらの非難は逆に、ベルナルディーノ擁護としてブファリーニ礼拝堂の絵画表現に活かされる一方、カラファ礼拝堂では、聖トマスが重視した「聖三位一体」を強調する構成が採用されたという。かくしてブファリーニ礼拝堂とフランチェスコ会、そしてベルナルディーノの物語選択と、カラファ礼拝堂とドメニコ会、そしてトマス・アクィナスのそれは対比構造をなし、それぞれの壁画は両修道会の優位性をめぐっての競合意識を内在させた一種の対応作品と呼ぶべきものであると結論する。以上に見た論考は作品への鋭敏な洞察と同時代の宗教的環境への浩瀚な探究の賜物であって、財団賞に相応しいと高く評価された。一方、鈴木伸子氏の「ロベール・カンパンの《聖三位一体/父なる神のピエタ/恩寵の御座》―初期ネーデルラント絵画におけるその位置づけ―」は、シュテーデル美術館のカンパン作《聖三位一体》と、同主題のカンパン周辺作2点についての、図像学的、意味論的な考察である。これらは、今日ではその構成パネルの多くが散逸したものの、もとは多翼式、および二連画と三連画であったと元来の祭壇画形式を推定し、主題構成や礼拝形式との関連から、各「聖三位一体」の機能と象徴性を読み解こうとする意欲的な試論である。いまだ結論を得てはいないが、豊かな成果を期待させる研究として、優秀者に推薦された。 (文責 大髙保二郎委員) 注   研究者の所属・職名は、選考時のものです。

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