3.草創期の歌舞伎表現を探る ―絵画史研究と芸能史研究の複合的アプローチ― 発表者:サントリー美術館 学芸員 池 田 芙 美はりカンパンの《メロード祭壇画》(ニューヨーク、メトロポリタン美術館クロイスターズ分館蔵)等の聖母子像と同じであり、初期ネーデルラント絵画で主流となった図像とされている。失われた多翼祭壇画の断片として現存するフランクフルトの作例とは異なり、エルミタージュの作例はオリジナルの形態が残されていると考えられ、また、縦34.3センチ、横24.0センチの形状から、本来個人的な祈念で用いられた、携帯可能な二連画を構成していたと推察されてきた。しかしながらエルミタージュの作例は、先行研究において、主として受難像と聖母子像を対とする二連画の伝統の中で捉えられてきたものの、「謙譲の聖母」のパネルにおける怯える幼子という特異な図像については等閑に付されてきた。そこで、本発表は右パネルの怯える幼子の図像に着目し、エルミタージュの作例に対して新たな見解を提示するものである。発表にあたっては、まずエルミタージュの作例を概観した後、二連画の伝統に即して、さらに受難像としての「聖三位一体」の図像学的展開に即して、図像分析と様式分析を行い、後期中世の二連画伝統におけるエルミタージュの作例の革新性を考察したい。草創期の歌舞伎を描いた絵画作品については、これまでの美術史研究では、様式論や筆者論に主軸が置かれ、そのジャンルの歴史的意味や、時代による変容にまで踏み込んだ研究は、充分にはなされてこなかった。一方、芸能史研究においては、当時の歌舞伎の様子を伝える画証としてのみ活用されてきた。このように、美術史と芸能史の研究成果は、これまでそれぞれの遺産が有効に相互参照されてきたとは言い難い。しかし、このジャンルに関する考察を一層深めるためには、絵画史・芸能史双方の研究蓄積を踏まえた、複合的なアプローチこそが今求められているのである。本発表では、草創期の歌舞伎を描いた絵画作品のなかでも、とくに〈大小の舞図〉と呼ばれる、若衆歌舞伎の舞姿を描いた一連の作品群を考察の対象として、上記の複合的アプローチを実践してみたい。ジャンルとしての〈大小の舞図〉の歴史的変遷を語る上では、千葉市美術館本と板橋区立美術館本はとりわけ重要な意味を持っている。千葉市美術館に所蔵される「大小の舞図」は、〈大小の舞図〉というジャンルのなかでは初期に属する作品である。折烏帽子に太刀を帯び、手には扇を持ち、背には御
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