鹿島美術研究 年報第31号
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評を研究の対象とすることで、多角的にキュビスムのイメージ生成を論じる。この際「直観」や「古典」、「伝統」、「図式」、「知覚」といった批評概念に注目し、その意味するところのものを作品との関係性の中から明らかにする。第三に美術解剖学と身体の図式に関する認識論的な議論の導入や、キュビストたちのキュビスム以前の作品を概観しながら、彼らの受けたデッサン教育に関する史実的確認を行い、議論の枠組みと背景を明確にする。また、キュビストの作品にしばしば登場する筋肉質な女性の表象が、19世紀末頃の古典主義的な彫刻作品と共通するテーマであることを考慮し、作品のテーマとしてのスポーツや筋肉質な女性に関する美術史的及び社会史的な背景も考察対象とする。以上の構想に沿った本研究は、主に形態の実験の中で美術解剖学の知識を応用したピカソと、動きの科学としてそれに依拠したデュシャン=ヴィヨンの作品にそれぞれ体現された、20世紀初頭の人体表象のデフォルメの過程における科学的知識の異なる様態を浮き彫りにすることだろう。美術史的意義本研究における主要な美術史的な意義は、⑴レイモン・デュシャン=ヴィヨンの個別研究、⑵キュビスム研究の2点に要約される。本研究の第一点は、古典古代の美術の研究、解剖学、生理学や形態学、民俗学といった諸科学と深く関連する美術解剖学と、デュシャン=ヴィヨンの作品に於けるキュビスム的なイメージ構築の関連性を論じることで、この彫刻家の作品研究の科学的、古典的な側面の理解に寄与するものである。作品目録の制作は、このような作品研究の基盤を形成する意義を持つ。第二点として、ピカソやレジェ、グレーズ、フォーコニエ、メッツァンジェといったその他のキュビストの作品における事例や、ナデルマン、マイヨール、ブールデルといった同時代の彫刻家との比較研究を行う。この研究は、キュビスム全体の動向、及び同時代の彫刻史のより根本的な理解に資する。なお、デュシャン=ヴィヨンの作品に認められる動きのメカニズムへの強い関心は、《階段を降りる裸体》(1912年)など、マルセル・デュシャンの作品に決定的な影響を与えたと考えられている。素描や未刊行書簡を研究対象とする本調査は、デュシャン=ヴィヨンとマルセル・デュシャンの関係性に関し新たな事実を明らかにし、相互の作品解釈に貢献する豊かな可能性を有している。学際的意義美術史と科学史の交差する視座に立ちキュビスム作品を検討する本研究は、歴史学

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