いても大きく採り上げられているため、彼の舞台美術デザインの代表作といえる。ただし、先行研究は同三部作の楽曲の形式および台本と、ホックニーによるデザインとの関係を詳細に検討してきたとは言い難い。スペンダーやフリードマンの記述(Hockney Paints the Stage, Minneapolis, Walker Art Center, 1983.)をはじめとして、従来の考察はホックニーの多くある舞台美術の一例として、これらを概説的に扱ってきた。つまり、演目の主たる場面や初演時の歴史的背景を、ホックニーのデザインがいかに効果的に強調したかについて部分的に指摘するのみで、三部作全体と美術的造形の相互関係の分析は行われてこなかった。また、『子供と魔法』のみを考察した修士論文(Cécile Gervais; Michèle Barbe, David Hockney décorateur : analyse des décors de L'Enfant et les Sortilèges, Université de Paris-Sorbonne, 2003.)およびオペラの舞台美術全般を考察した修士論文(Muriel A. Cohen, Operatic Stage Designs of David Hockney, School of the Art Institute of Chicago, 2000.)は存在するものの、両者とも三部作を一単位とする総括的解釈とはなってない。こうした現状に対し、筆者はホックニーによる「フランス三部作」の舞台美術について、改めて音楽の構成および詩・台本と照合しながら、各場面の造形を分析する。先述の通り、音楽の把握はホックニーのデザインにおける第一段階であったため、まずは楽曲の構成と舞台美術の造形を詳細に比較検討する。その上で、ピカソによる初演時のオリジナル舞台美術などと比較を行い、ホックニーがどのような点でピカソおよびキュビスムの作品を参照し、いかに独自の表現へと至ったかを探る。なお、マルク・シャガールも同じメトロポリタン・オペラを会場とした舞台美術を手がけているが(1967年上演の『魔笛』)、この時のシャガールのデザイン手法と比較すると、ホックニーは舞台美術デザインのプロセスをイメージデッサンだけに終わらせず、自らミニチュアの舞台模型を作り、セットの大規模な背景画も描いている。更に舞台装置およびコスチュームや小道具の機構も含めた、総合的かつ立体的な構想を行っている。こうした側面からも、ホックニーの舞台美術に対する関与の高さが窺える。価値・意義先述の通りホックニーは1980年代から、伝統的絵画の遠近法とは異なる視覚を探求しはじめる。彼は1978年英国グラインドボーンでの『魔笛』舞台美術で遠近法(一点透視図法)を意識的に用いたが、1981年の「フランス三部作」ではこの手法が見られ
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