鹿島美術研究 年報第31号
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─15世紀印刷本草書の挿絵分析─ず、平面の重ね合わせによって立体的空間を表現している。こうした新たな手法を分析することで、1980年代の視覚論の多様な源泉のひとつを辿ることができると思われる。また、本研究はホックニー内部に留まらず、ピカソによる『パラード』など先行作例との比較も行うため、ホックニーのデザインの特殊性を、舞台美術史の流れに明確に位置づけられる。更に、視覚的要素のみならず、音楽の構成および詩・台本などのテキストにも着目し学際的に分析を行うことで、美術史学の分野から新たな解釈を加え、音楽や舞台芸術研究の分野に貢献できよう。研 究 者:慶應義塾大学 理工学部 専任講師  池 田 真 弓『ラテン語本草書』と『健康の庭』が出版されたヨーロッパ15世紀末は、社会の様々な局面において、中世から近世へと時代が移行した時期であった。この2冊の本草書は、この時代に起こった本の形態の変化(写本から印刷本への移行)や植物の描写方法の変化(類型表現から自然描写へ)という点でこの過渡期の様相を如実に反映しており、その調査研究を行う意義は大きい。その上、この2作品が挿絵入り本草書の伝統に決定的な変化をもたらし、その後の本草書出版に影響を与えた点を鑑みれば、挿絵入り本草書の発展を知る上でも、本作品群の研究は不可欠である。これらの意義を踏まえ、以下に本研究の具体的な目的を述べる。1.中世から近世にかけての挿絵入り本草書の伝統と変遷の考察本草書は、古代ギリシアの薬学者ディオスコリデスの著作や、アラビア語圏の医学書の翻訳を基にしたものなどが、中世より挿絵入り写本として流布していた。本研究で扱う『ラテン語本草書』と『健康の庭』は、このような中世本草書の挿絵の伝統を引き継ぎつつ、それを印刷本用の木版挿絵という新たな制作形態に移植した最初期の例である。同時に、部分的にではあるが、自然主義的な表現も試みられている。この作品の後、より自然主義的な描写の挿絵を含む印刷本草書や植物誌が現れたことから考えると、両作品は中世と近世の挿絵入り本草書をつなぐ中継点にあたるといっても過言ではない。これらの2作品の挿絵の研究を通し、中世からの本草書の挿絵の伝統⑰ ペーター・シェーファー出版『ラテン語本草書』と『健康の庭』

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