1の問題と表裏一体にあるのが、植物の類型表現を脱し、自ら観察して自然を描写しようとする画家の姿勢である。『ラテン語本草書』と『健康の庭』ではともに、植物の類型表現に留まっている挿絵と並び、より自然に近い描き方を目指す画家の姿勢も認められる。とりわけ、『健康の庭』に見られる一部の質の高い挿絵には、アルブレヒト・デューラーの卓越した自然描写に通じる精緻な表現が見られる。この2作品に登場する挿絵を、植物描写の観点から、北方絵画の写実主義の伝統の中で捉え直したい。3.自然科学書の挿絵の役割の分析本草書は、自然科学書に分類することができる。当然そこに描かれる挿絵は、宗教書や世俗文学などの挿絵とは異なる役割を担っているが、具体的にどう異なっているのか、言い換えれば、当時の自然科学書における挿絵の役割とは何だったのかを、本調査研究を通じて明らかにしたい。さらに、正確性や客観性が重視される現代の自然科学書の挿絵と本研究対象の2作品の挿絵を比較し、その違いや共通点を観察することで、中世から近世にかけての自然科学書の挿絵に見られる特徴を明らかにしたい。4.印刷本における挿絵の役割の分析本研究は、応募者が現在進めている、ペーター・シェーファーの出版物の挿絵、装飾、デザインの包括的な調査研究の一部である。シェーファーは、活版印刷術発明者であるヨハン・グーテンベルクから直接印刷術を学び、15世紀半ばに自らマインツで印刷所を設立し、半世紀にわたって出版業を営んだ、ヨーロッパ出版界のパイオニアである。シェーファーは自身の出版物のライバルともいえる装飾写本を意識し、本の内容だけでなく、装飾、挿絵、デザインといった、いわば本の「見た目」に並々ならぬ関心を抱いていたことが、これまでの調査で明らかになっている。本研究で取り上げる2部の挿絵入り本草書は、シェーファーの出版物において初めて大規模に木版を使用した例として注目に値する。シェーファーの出版事業における両作品の位置づけを明らかにするのも、本研究の目的の一つである。がどのように近世へと引き継がれたのか、そして何が新たに採り入れられ、あるいは変化したのかを考察したい。2.植物の写実的描写に関する考察
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