鹿島美術研究 年報第31号
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㉗ 在日朝鮮人美術家に関する研究 ─戦後日本に残った朝鮮人留学生を中心に─研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  金   智 英本研究においては、こうした純然たる行書体が、ハレの場での清書に多用されはじめる様相を、平仮名の生成・展開や東アジア書道史にも目を配りながら、遺品と史料に基づいて追跡し、道風をめぐる書的環境について解明してゆくものである。この行書のあり様への着眼は、和様書法の歴史的前提及び展開に関する研究の、具体的進展をもたらすものと確信される。ついで、道風の用筆特性を探るため、筆跡考証の方法を、従来一般的であった同字、同部首、偏旁毎に検字して検討するという方法から、それぞれの文字を収筆の様態によって類別し、一つの群として検討する手法を採用する。管見ながら、この方法論は、日本書道史に関する研究論文等で従来見かけることはなく、しかしながら、数年前から筆者のなかでは一定の手応えを感じている方法である。本研究で初めて運用することで、書学・書道史学界にたいして筆跡考証の方法論的提案が可能と考えている。従来と異なる筆跡考証方法によって、道風書法の特徴的要素を新たな角度から抽出し、従来の研究成果との整理をはかれば、小野道風が到達した新たな書法観、つまり和様像の構築が可能となろう。そして、道風の和様書法を継承し、さらに和様化させた藤原行成の遺墨について、同様に用筆特徴を抽出し、道風のそれと比較検討すれば、書法相互の類似性や相違点について、具体的に明らかにすることができ、平安時代中期における書の和様化の様相が、筆致に即して具体的に考察できるものと考える。なお、平安時代の識字層においては、左手に木簡や紙を持ち右手に筆を執って文章を書くのが常態であった。明治時代以降の中国書法学習の影響下にある現行の机上でなされる執筆方法と、左手に紙を持つそれとでは、紙と筆の間に生じる角度が異なるため、運筆の方向性や線質に自ずと違いをもたらす。実際、臨書という行為において、机上で臨書すると損なわれてしまうものが、料紙角度という視点を取戻すことで、顕在化される。料紙の角度を前提にした和様の筆致を分析する視点は、従来にまさる立体的な書法像をもたらし、より豊かな小野道風の書法観、能書像の構想に寄与するものと考える。本研究の目的は、戦前の日本に美術を学ぶために朝鮮半島から渡ってきた朝鮮人留

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