鹿島美術研究 年報第31号
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研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  袴 田 紘 代この調査研究は、現在執筆中の博士論文「演劇と美術の交差:制作座の挿絵プログラムを中心に」の一環をなすものである。以下では先行研究の現状を示し、博士論文および本研究の構想とそれが目指すところを提示したい。画家が舞台芸術から着想を得るのは歴史的に珍しいことではないが、19世紀末には画家をはじめとする芸術家たちが舞台作りに直接関わるようになる。このように劇団員、劇作家、画家、音楽家を巻き込む、舞台を介した一種の芸術共同体が形成されるなかで生み出されたもののひとつが、挿絵をともなう演劇プログラムであり、これが本研究の調査対象である。この挿絵入り演劇プログラムは、19世紀後半の挿絵文化の一形態を明らかにする上で重要なメディアであるにも拘らず、これまで美術史学・演劇学の双方において充分に考察されてこなかった。挿絵入りプログラムという印刷媒体の「ジャンル」は、G. エトケンの論考(1979)によって美術史の研究対象に措定された。エトケンの研究は、ナビ派画家の関わった劇団(自由座、芸術座、制作座)の挿絵プログラムに関して、その全容と基本的情報を詳らかにした点で意義深いものであった。しかしながら、エトケンと、彼女に続くこれまでの研究は、概して挿絵プログラムに関係する上演内容や注文に関する史実などの外的情報を拡充するも、個々の挿絵に向き合い、その図像と様式を綿密に分析するまでには至っていない。もとより演劇学の分野では、挿絵プログラムは歴史的資料とみなされがちで、舞台演出の視覚資料として引き合いに出されるに過ぎない。また、近年は象徴主義演劇に関する研究のみならず、画家=挿絵家と演劇を含めた当時の文学界との関係を扱った研究に加え、ポスターや挿絵本、雑誌といったイメージと出版をめぐる社会学的研究など、隣接分野で目覚ましい研究の進展がみられ、これらの成果も組み込む必要がある。そこで博士論文では、制作座を中心とした挿絵プログラムを考察対象に、近年の学際的研究の成果に照らしてこの媒体の19世紀挿絵文化における位置づけを明確化し、個別の作品分析を深化させた総合的な研究を試みる。エドゥアール・ヴュイヤールの挿絵プログラムを研究対象とした本研究の目的もま㉘ 19世紀末フランスにおける美術と演劇の交差─挿絵入り演劇プログラムの研究─

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