鹿島美術研究 年報第31号
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ムーヴィング・イメージが、ベーコンの絵画制作に作用した可能性を捉えることを目的とする。たとえば、ベーコンのアトリエに残された資料のなかには、シネラマと呼ばれる50年代初頭にアメリカで開発されたワイドスクリーンの映画に関するブックレットのスクラップがある。シネラマは、短冊状のスクリーンを並べることで、楕円状のスクリーンを作り出し、映像が観客を取り囲むかのような錯覚を与えるものだ。ベーコンは、シネラマを説明する挿図に、縦のストロークを描き加えている。つまり、イメージとそのイメージを現出せしめている支持体であるスクリーンを同時に意識する試みとして、このスクラップ及び、そこに描き加えられたストロークを捉えることができると筆者は考えている。また、これは50年代のベーコンの絵画にしばしば見られるヴェールのような縦のストロークと明らかに関連性があるように思える。このように捉えれば、50年代に描かれたベーコンの絵画には、映画におけるイメージの出現という現象そのものに対する関心を垣間見ることが可能ではないだろうか。以上のように、アトリエに残された資料から、絵画のモチーフの引用源ではなく、ベーコンの映画による経験の痕跡を探し出す。その経験は、50年代に描かれた暗色の背景に人物が浮かび上がるかのように描かれる50年代の絵画にもっとも色濃く結実していると捉えるべきだろう。この時期の作品の特徴である、暗色の背景に白色で描かれることで、あたかも暗がりに浮かぶ「亡霊」であるかのようにさえ見える人物は、さながら19世紀のファンタスマゴリーなどの映像体験を喚起させるかのように捉えることもできるのではないか。本研究は、ベーコンと映画の関わりにおける新しい視座をもたらすのみならず、ジョナサン・クレーリーが提示してきたような近代における視覚文化の発展や知覚様式の変遷のうちに、ベーコンの絵画を捉えることを可能にするだろう。研 究 者:町田市立国際版画美術館 学芸員  松 岡 まり江目的と構想本研究は、新出の「渓流図襖絵」についての作品研究を中心としながら、曾我蕭白30代前半の画風展開の再考を目的とするものである。以下、二点に分けて研究の構想㊲ 曾我蕭白三十代の画風変遷再考 ─新出の「渓流図襖絵」を中心に─

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