であった濱田増治編集の『現代商業美術全集』を基軸に、当時の尖端であった広告デザインの調査・分析を行い、ポスター論・広告論・広告心理学における言説や当時の社会的・文化的状況との連関性を明らかにすることによって1920−30年代の日本における広告デザインの特質を捉えようとするものである。本研究では、視覚的表象を多元的なネットワークのもとで理解しようとする意図から、実作品と当時の言説や歴史=時代的状況との関係を捉えること、とりわけ図案を広告学・広告心理学といった理論との関係において捉えることは意義あるものと考える。当時の心理学においては、視覚のみならず五感全てを動員させることの必要性や注意喚起の重要性が説かれていた。このことから、当時の制作者や理論家が図案のあり方や受容者の知覚体験をいかに方向づけようとしていたのか、さらには実際にそれをどのように実践しようとしていたのかを解明することは、今後の日本グラフィックデザイン史を発展させていくうえでも、また知覚・身体・メディアの関係を捉えるうえでも重要であると考える。また機関誌などに掲載された創作図案と言説とを合わせて調査研究することは、従来明確に区別されてきた芸術=絵画と近代的広告デザインとの関係を再考することにもつながろう。こうした研究を通じ美人画ポスターからモダンなポスターへと至る流れを自明視するようなポスター史を見直し、重層的なデザインの様相・特質を示すことができれば極めて特色のある研究になると思われる。このような研究はグラフィックデザイン史のみならず美術史や広告史をはじめ、近代日1920−30年代の広告デザインについてはデザイン史や広告史・歴史社会学といった学問領域で語られてきた。しかしながら一方は造形性の指摘に終始し、他方は作品を等閑視して制作者・学者・評論家の残した言説を中心に広告の史的展開を追うものであった。近年では竹内幸絵氏による『近代広告の誕生』(青土社、2011年)が刊行され、1920−40年代までの広告デザインが包括的に論じられている。とりわけ広告デザイン黎明期については「単化」という用語に着目し、この用語がどのように成立・定着・消滅していったのかについて言及している。しかしながら、主に言説から追跡しているため、それがどのような様式的特徴を指しているのか、つまり言説と実作品との関係は必ずしも明白であるとは言えないように思われる。また、美人画ポスターから単化=モダンデザインへと至る語りからは、その移行期の具体的で多面的な様相、すなわち単化以外の図案の可能性といった多様性や特質は十分に明らかにされているとは言い難い。
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