鹿島美術研究 年報第32号
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研 究 者:目黒区美術館 学芸係長  降 旗 千賀子意義と価値美術館において、色材の文化史的な視点が学芸員の研究テーマになることはあまりないといえる。作品を構成する素材の一つである絵具と美術の関係は密接であるにもかかわらず、色材、つまり色を構成する絵具については、絵画組成として修復や保存科学においては広く研究されているが、文化史的な視点からの組み立てとなるとより聞こえてこない。色材の原料を軸にした文化史の視点で美術を見ていくことは、美術史や作家ごとに論じられるテーマ展開とは異なり、新しい美術の視方を提示できる可能性があると考える。さて作品をとりまく保存科学において、四半世紀前頃より飛躍的発展が見られる、非破壊による光学的分析も今では広く行われるようになり、また計測機器も持ち運び可能なものが開発され、簡単に移動ができない文化財などの所在地に運んでの調査が可能になるなど、大きくこの分野の研究も躍進し、展覧会において、その成果が発表され作品に使われている色材が詳細に公表され、論じられることも多くなってきた。これによって、色材に対する興味を一般の方々も持つようになってきたことは大変歓迎されるべきことである。色材は、鉱物であったり植物であったり昆虫であったりさまざまな素材から作られている。被覆力が高かったり、透明感があったり、粒子が粗い場合細かい場合、もともとの素材により表情が豊かである。色材は人が色を物質的に使いたいという要求があって、原料を発見し、工夫し、加工してきたものであり、その原料によって、性質や質感が異なっている。そうした色の色材に焦点をあて、人と色の関係、人と絵具という物質の関係をひも解いていくと、リアリティのある関係性が見えてくる。現在主流になっている科学合成された顔料も、同じように人の手によりさまざまな実験の末に作り出したものである。それは美術のみならず、同じ色材が使われている考古、民俗、歴史など異分野を横断して見ていくことによりさらに深く色材の性質、特性に関わり、新しい文化史が見えてくるといえる。色材をテーマにした文化史は、美術史とはまた違った視点からの美術に対するアプローチを促すことにつながる。さらに、美術教育においても、美術史からのアプローチだけではなく色材となる素材から進めることにより、生活感のある歴史や民族的な導入から美術を語ることも可能であり、興㊹ 色材の文化史をめぐる研究 ―色と原料の関係を探る―

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