鹿島美術研究 年報第32号
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の空間を画面内に形成した。《医学》の人体描写は統一した描き方のもと時間、運動及び多視点性を彫刻で追求した同時代のフランスの彫刻家 A.ロダンの影響が見られ、それらの人物像が組み合わさって1つの壮大な宇宙空間を形成している。対して《法学》では画面奥へ向かって空間の層が重層的に展開する構図に変化し、画面内に複数の異なる空間が存在しているかのような印象を観者に与える。画面中央を占める3人の女性像「エリニュス」と彼女たちに囲まれる「タコ」及びうなだれる男性像「罪人」の間を線の塊がうねりとなって、各人物像ごとに空間を分けている。画面上部の装飾に埋め込まれた3人の女性像もまた、中央部分とは異なる空間の中に存在している。そして「空間芸術」という視点に基づいて考察するにあたり、空間ごとに人物描写を変えている点が重要である。というのも、クリムトは人物群に応じて平面的な、あるいは立体的な印象を与える描き方を駆使して人物描写を変えているからである。これにより人物群が各々異なる空間に存在し、それらの空間が重層的に展開する構図になる。「法学」という共通の主題を基に各種モティーフを制作し、同一の画面内に配置するこの《法学》が、「総合芸術」を経験したクリムトが「空間芸術」のやり方を実作品で探求していたことを示すものと言える。そのためにクリムトは、素描において多様な線を駆使してその人物像に相応しい状態の描写を追求していると考えられる。そして素描がどのような役割を制作過程において担っていたのかを明らかにする筆者のこの研究手法は、クリムト研究のみならず、時代や地域を超えて美術史全般における素描研究それ自体の発展を促すものである。

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