研究発表者の発表要旨 1.お伽草子絵再考 −場所の美術史としての可能性− 発表者:サントリー美術館 学芸員 上 野 友 愛お伽草子は、物語の時代設定が現代(当時)から神代に至るまでさまざまな一方で、物語の舞台は、具体的に特定の場所が示されることが少なくない。なかでも、清水寺が登場するお伽草子はその数四十篇を超え、約四百種類現存するお伽草子作品の約一割を占めている。平安時代以来、日本には名所絵の伝統があるが、元々は歌枕としての名所が描かれていた。歌枕ではない清水寺も、早くから名所として捉えられ、描かれていたことが『吾妻鏡』より知られる。しかし、管見のかぎり、清水寺を描く現存作品の先例は、十四世紀作の国宝「法然上人絵伝」巻十三(知恩院蔵)である。続く作例は十六世紀前半まで作期が下って伝土佐光久筆「清水寺図」(東京国立博物館蔵)となるが、やはり、清水寺が名所として盛んに描かれるようになるのは、洛中洛外図の登場を待たねばならない。そこで〈清水寺〉という場所の美術史を考えたとき、「法然上人絵伝」と洛中洛外図諸作との間を埋めてくれるのがお伽草子絵であるといえよう。お伽草子絵といえば、室町時代後期以降、ユーモラスな雰囲気を醸し出す素朴で奔放な画風が魅力であり、絵画史料として取るに足らないとの指摘は否めない。しかし、描かれたモチーフを部分に限って比較すると、お伽草子絵は、ある特定の場がどのような景観表象として絵画に存在してきたのか解明するに足る、有益な考察対象となることを指摘したい。掛幅社寺縁起絵や参詣曼荼羅、お伽草子絵といった縁起や物語説話を背景とした作品群は、モチーフの往還や様式の類縁性、思想的背景などの親近性が指摘でき、日本中世絵画の有機的な状況を物語る素材となり得るものである。しかし、絵巻の衰退期といわれる室町時代に制作されたお伽草子絵は、現存作例の大部分が作者不明で画風もさまざまであり、その内容の豊かさに比して、美術史的作品研究が手薄な分野となっている。そこで本考察は、〈景観〉という切り口から、お伽草子絵の研究方法について再考するものである。
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