鹿島美術研究 年報第32号
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調査を行い、海外での最新の知見や一次資料を参照する。さらに、ゲッティ・センター/リサーチ・インスティチュートより一次資料の複写を取り寄せる。特に本研究は、バーネット・ニューマンの、マスキング・テープを使用してつくられる「ジップ」がもたらす絵画の物理的構造の分析に依拠しようとするものである。本研究は、マスキング・テープを使い、「フィールド」よりさらに下層の色面をジップにする作品や、キャンバスの下塗りの施されていない生のキャンバス地をそのままジップとして露出させた作品事例の比較や検討を行い、研究の論旨を具体的な作品事例から例証することを課題とする。しかしながら、従来のニューマン研究においては、このような特質自体にそれほど多くの注意が払われてこなかったため、他の文献から私が検証したいと考えている事柄について明らかにすることは困難である。ニューマンの制作順序や複数の色彩間の層構造の詳細な検証は、複数の作品を実際に前にした調査、およびニューマンの絵画構造についての正確な知識をもつ修復家へのインタビューなどを通して実施されることが望ましいと考えている。具体的な作品事例としては、「ジップ」の部分が白抜きのまま、すなわちネガティヴな空白のまま残されたと推測される連作《十字架の道行きの留》(1956−58年)や《ONEMENT Ⅵ》(1953年)などを対象として、それらの作品におけるニューマンの企図を探ることを中心に検証を進める。白抜きのジップは、画面に描かれた垂直の線、すなわち地に対する〈図〉として機能しつつ、実際には何も描かれていないことで、物質的には、その周囲の色彩の拡がり=フィールドよりも下層に位置づけられるものである。また同時に、ジップ自体が白抜きにされた「ネガ」であることで、知覚的にはその存在を絶えず鑑賞者に印象づけながら、物質的には空虚な場であるという背反した物質的条件をもつ。つまり、その意味でジップは、図/地、前後、非在/実在などの二項対立を止揚する鍵となるものであったと推測できる。本研究は、このような検証を進めることで、ニューマンがその制作において実現しようとしていた図/地、空虚/充実、分割/統合などの様々な二項対立の止揚という理念が、具体的な作品画面の物理的な特質においても成し遂げられていた事実が明らかにされるのではないかと考えている。

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