本研究の構想として「新しい信心(デヴォティオ・モデルナ)」という、ネーデルラント地方を中心とした神秘主義的な信仰形態と教会芸術との関係を考えているが、当時の祝祭「コーパス・クリスティ」と深く関わる「聖体劇」にも注目しつつ、奉納先となったトゥルネ大聖堂司教礼拝堂の空間装飾プログラムを踏まえた《七秘蹟祭壇画》について考察を深める予定である。この空間装飾の問題を考察する上で同一空間へ奉納された《七秘蹟タペストリー》の図像は重要な意味を持つ。先行研究の現状としてこの《七秘蹟タペストリー》は、断片的な状態であり来歴も不確かであるが故にその重要性がほとんど確認されず、研究も充分に行われてこなかった。具体的には、とりわけ復元図作成についてこれまで3人の研究者(James J. Rorimer, “A XV Century Tapestry of the Seven Sacraments”, The Metropolitan Museum of Art Bulletin, vol. 35, no.4, Apr., 1940; Williams Wells, “The Seven Sacraments Tapestry: A New Discovery”, The Burlington Magazine, vol. 101, no. 672, Mar., 1959, pp. 97−103, 105; Cavallo, Adolfo Salvatore, “Seven Scenes from the Story of the Seven Sacraments and Their Prefi grations in the Old Testament”, Medieval Tapestries in the Metropolitan Museum of Art, 1993, pp. 156−171.)が試みを行ったものの、文献と矛盾する構図を有するものや、図像的な結合に明らかな誤りがある復元など問題が多い。さらに最後に作成された復元図から約 20年が経過するが、復元図の整合性を問う研究は確認する限り皆無である。そして、先行研究において《七秘蹟タペストリー》との比較を踏まえた《七秘蹟祭壇画》研究自体はあった(Albert Châtelet, « Rogier van der Weyden et le lobby polinois », Revue de l’art, numéro 84, Paris, 1989, pp. 9−21.; Ludovic Nys, « Par-deçà et par-delà, de Tournai à Poligny: Usages et Fonctions de l’œuvre d’art chez un grand prélat Bourguignon, Jean Chevrot », L’artiste et le clerc: Commandes ecclésiastiques à la fi n du Moyen Âge (XIVe-XVIe siècles), Paris, 2006, pp. 41−103. etc.)が、そのほとんどが部分的な図像比較に留まるか、問題ある復元図の構図をそれと認識せず引用している状況にある。故に、《七秘蹟タペストリー》の復元図作成からはじめて図像比較を行うという一貫した分析によって同一空間を飾った《七秘蹟祭壇画》の図像選択と図像生成の問題を依頼主や教会の状況から分析・解釈する本研究は画期的であり、北方ルネサンスにおける礼拝堂における空間装飾プログラムを考察し、当時のキリスト教会を含む制作背景と芸術の関係を考察する上で意義があると思われる。ここで注目する制作背景としては、前述の信仰運動のみならず、依頼主シュヴローのトゥルネ司教任命に関わる
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