鹿島美術研究 年報第32号
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Nature et Idéal. Le paysage à Rome 1600−1650, S. Loire et al.(ed.), Grand Palais, Paris, 2011.)等が挙げられよう。【博士論文の構想】上記の動向を受け、筆者は、ローマで育まれたプッサンの独自性を明らかにする研究を進めており、その成果を博士論文としてまとめている途上である。考察対象とするのは、画家がローマで一定の成功を収めつつあった1620年代末から、フランス人顧客を得る30年代中葉までに描いた作品である。これまで、上記期間に描かれた6点の物語画について、同時代画家への競合意識という観点から分析を行い、画家が芸術愛好家を惹きつける、新たな物語表現を打ち出してきたことを明らかにした。さらに現在、物語画の特質をより深く理解するため、当該時期に制作された2点の祭壇画のうち、サン・ピエトロ聖堂のために描かれた《聖エラスムスの殉教》に関する研究を進めている。今回の研究で取り上げたいのは、もう1点の祭壇画、《聖母の出現》である。【本研究の意義】《聖母の出現》は、画家が正に、同時代のイタリア人画家の得意とした大型祭壇画に取り組んだ作例である。だが本作以後、ローマで祭壇画を受注することがなかったため、例外的な作品とされてきた。しかし本作には、カラヴァッジョが得意としたモティーフや、ヴェネツィア派を想起させる色彩も見られることから、物語画制作の場合と同様、イタリア人画家に対抗する意図があったと想定される。従って、本作品に関しても、イタリアの祭壇画と比較することで、戦略的な様式選択や、造形上の工夫が浮かび上がると考えられる。また、注文状況は不明であるが、ローマ在住のフランス人画家が、スペインに縁のある聖人伝を主題とする祭壇画を受注できた点は注目に値する。恐らく《聖エラスムスの殉教》が高評価を受けたことで、当地のスペイン人から注文が得られたと推測される。そこでまず、ローマにおけるスペインの影響力に関する研究や史料を検討し、《聖母の出現》受注当時の状況について再考する必要がある。さらに、筆者が目下検討中の《聖エラスムスの殉教》においても、ローマの芸術動向を強く意識した造形が見られることから、これら2点の作品と同時代作例との比較を通じて、プッサンの祭壇画における表現の特質が明らかとなろう。その祭壇画の特徴を踏まえ、後に画家が得意とした物語画を考察することで、ローマで確立されたプッサン芸術の独自性を解明することが可能になる。

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