研 究 者:東京大学大学院 総合文化研究科 助教 永 井 久美子本研究は、文学と美術、特に絵画のクロスジャンル研究である。文学研究と美術史学が個別に明らかにしてきた、近代における「日本文化」形成のありようを、古典文学に題材をとる絵画の受容を具体的に追うことで、新たな側面から問うことを目指している。この研究を通して、現在の文化財保護行政を支える価値観の大枠を、その歴史から問い直したいと考えている。たとえば、現在の国宝の書跡・典籍のラインナップを決定してきた大きな要素は、他ならぬ文学テキストの評価であるはずだ。数としては『古今和歌集』『日本書紀』関係が多く、国宝指定を受けている和書は、作品の成立年代を、平安時代末から鎌倉時代初期をほぼその下限としていることが特徴的である。こうした評価の軸が、美術作品とはいかなる関係にあるのかを考察する。和書のうち、『源氏物語』に関しては、藤原定家による注釈書「奥入」が国宝に指定されている。重要文化財となっている写本は複数存在するが、『源氏物語』の本文そのものについては、国宝「源氏物語絵巻」の詞書を別とすると、国宝指定を受けているものは現時点ではない。この基準を支えているのは、作者や能筆の筆跡、写本の年代が遡るものを高く評価する歴史的価値、ないしは書および料紙の美的価値であり、テキストの情報内容以上に、あくまでも「モノ」としての評価が問われていることに改めて気付かされる。それでもテキストの内容の価値の有無は、評価の前提として存在しているはずだ。筆者はこれまで院政期の絵巻物、特に後白河院の蓮華王院宝蔵のコレクションを中心に研究を行ってきた。文学と美術、双方の研究史に触れてきた経緯から、文学作品を題材とした美術品の研究にあたり、ジャンル間比較の必要性を強く感じている。それゆえ、近代を見渡したとき、文学カノンと〈日本美術史〉の確立の歴史が、それぞれ別個に注目され、研究が乖離していることに疑問をもち、現在のテーマに至った。平安時代の研究と並行して、1900年パリ万博の際に渡欧していた日本人たちが結成した「パンテオン会」の研究に携わる機会があり、日本美術の海外における展示の歴史と、所蔵先の移転を調べた。平安時代と近代の両方の研究に携わってきた経験を活かし、新たな研究の切り口を得られるものと考える。⑯ 紫式部の近代表象 ―古典文学の受容と作者像の流布に関する一考察―
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