鹿島美術研究 年報第32号
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にも重要な論点が認められる。例えば、ピカソの発言を全て真実として信じるべきか否かという問題、またピカソをリアリストとみなすかシュルレアリストとみなすか、という問題などが挙げられる。これらはいずれもピカソ研究にはらむ根本的かつ重要な問題であり、ピカソという作家研究の方法論を考察する上でも同シンポジウムの記録は貴重な資料と言えよう。最後に、「ゲルニカ・シンポジウム」には、アメリカで活躍する画家スチュアート・デイヴィス、ベン・シャーン、そしてアメリカに亡命していた彫刻家ジャック・リプシッツの3名の芸術家が登壇者として参加していた事実は看過できない。具象、抽象と表現様式は違うが、いずれも戦前から作品を通して社会と向き合ってきた経験を通して述べられる《ゲルニカ》への見解は、彼ら自身の芸術観や制作態度の一端が垣間見られる点で興味深い。2011−12年に日本で行われたベン・シャーン展のカタログでは、「ゲルニカ・シンポジウム」の原稿からシャーンの発言部分が再録・紹介されており、こうした関心の高さからも、各作家研究及び当時のアメリカにおける芸術家の社会的意義を巡る問題を考える上で、同シンポジウムを詳細に検討することは意義深いと考える。研 究 者:奈良国立博物館 アソシエイト・フェロー  原   瑛莉子明治時代における「古器旧物」の模造・模本製作は、その規模や精度、それにかかる費用や所蔵先を鑑みれば、当時において相当の意義を有し、相応の需要があったと考えられる。しかし、これを具体的にかつ網羅的に調査した成果は少ない。その理由は、研究対象が「模」であるがゆえに、それが製作された時代を研究対象とする近代美術史や近代工芸史においても、模されたオリジナルを研究対象に扱う古代〜近世美術史・工芸史研究においても、二次的な存在であるためと考えられる。「古器旧物」の模造・模本は、日本美術史研究の分野の狭間にある。本研究は筆者の専門とする仏教美術の視点から、「古器旧物」の模造・模本製作の様相を、奈良を中心として可能な限り把握し、その意義を検証することを目的とする。「古器旧物」の模造・模本製作は、当の製作者にとってはオリジナルの材質や構造・制作技法等を学ぶ最良の機会である。そこで得た知識や技術は、これを伝承する場と㉑ 明治時代における「古器旧物」の模造・模本製作の意義 ―奈良を中心に―

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