鹿島美術研究 年報第32号
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本研究が完成し、画家の評価を形成するシステムの実態が解明されることにより、これまでのみならずこれからの美術史研究のあり方や、現在の我々が立脚している美術に対する価値観を問い直すきっかけの一つとなるのではないかと考えられる。ここに、本研究の意義を見出すことができるのではないかと思われる。(3)価値―画家の評価史を考える上で必須―雪舟は、多少の断絶はあっても、日本において中世から現代までという長い期間にわたって評価され続けてきた画家である。このことは、政治体制や価値観が異なるそれぞれの時代における、美術史的のみならず歴史的・文化的・社会的といった様々な要因に支えられた評価システムの中で必要とされ、取り込まれ続けてきたことを意味していると考えられる。そのような特質を備えた雪舟の、近現代における評価形成の過程とその背景を考察することは、その時代における美術を取り巻く価値観を浮き彫りにするのみならず、そもそも画家が評価されるとはどういうことなのか、画家の評価システムの実態を明らかにするために必要不可欠だと考えられる。ここに、本研究の価値を認めることができるのではないかと考えられる。研 究 者:多摩美術大学 芸術人類学研究所 特別研究員  野 口 良 平『大菩薩峠』は、作者と読者の共同作業に開かれた、未成の作品としての特質を備えた物語である。日本近代文学館成田分館「中里介山文庫」に所蔵されている蔵書に記された介山自身の書き込みを見ると、その一つ一つが、まるで一つの作品であるかのような構想力と直観を湛えているのが感じられる。言いかえれば、実際に作品として実現している『大菩薩峠』は氷山の一角にすぎず、その基底に、まだ実現していないもう一つの『大菩薩峠』が潜在しているという感じが与えられるのである。これと似た印象は、『大菩薩峠』の創造的読者たちによる解釈史を追うなかでも得られる。谷崎潤一郎、宮沢賢治をはじめとする読者による批評や感想は、断片的なものではあるが、その一つ一つに、あたかもそれ自体が一個の作品であるような創造性が開示されている。㉜ 『大菩薩峠』における「零(ゼロ)」の図像学―中里介山の真筆挿絵と創作ノート『人情風俗』(1913)をめぐって―

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